歴史エッセイ集「みちのく福袋」
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公開開始日:2011/02/26
最終更新日:2011/02/26 16:33

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歴史エッセイ集「みちのく福袋」 第2章 第2章・国見八景
 そもそも仙台藩祖・伊達政宗は、
伊達家17代目の当主である。
鎌倉から室町時代は、福島県
伊達郡や、山形県米沢を領有
していた。それが豊臣秀吉の
命によって、宮城県に移封され
たのである。
 伊達政宗が宮城郡国分ノ内千代
(せんだい)に築城を始めたのは、
1600(慶長5)年12月24日
の事で、千代を「仙台」と改め、
縄張り始めの儀式を行っている。
古代から人が住み、田畑が開けて
いたのは、仙台の北東・陸奥国府
多賀城と七北田川流域であり、
仙台は沼沢・渓流が多い原野
だった。

 大崎八幡神社は、仙台城下
鎮護の目的で1604(慶長
9)年秋に着工された。普請
奉行・富塚内蔵頭(くらのかみ)
信継。造営奉行・木幡杢助
(もくのすけ)旨清。頭領・
梅村三十郎頼次。工匠・刑部
(ぎょうぶ)左衛門国次。日向守
家次。鍛師・雅楽助(うたの
すけ)吉家。画師・佐久間右京
など、全国から集められた
名匠たちだった。

 平成の解体大修理の際、
「なんだか知らぬ間にこんな
所まで連れて来られて、仕事
するハメになってしもうた」
という、愚痴的文書が発見
されている。

 この社殿がなぜ国宝なの
かは、桃山様式という、全国
にほとんど残っていない建築
様式として現存しているから
である。司馬遼太郎も「秀吉
好み」の桃山建築が見たかった
のだろう。秀吉の後を継いだ
徳川家康が秀吉の好みを嫌った
為、桃山様式は10数年で
亡んだという。
 大崎八幡の社殿は権現造りで、
本殿・拝殿・石の間の三殿一体
の様式になっている。床や柱・
板戸は黒漆塗りで、欄干は黄金。
天井やらん間は、仏教的・道教的
彫刻が過剰なまでの極彩色で
飾られている。だが全体が黒を
基調にしている為、日光東照宮
のようなごてごてした感じはない。

 黒と金という色彩感覚ですぐに
思い浮かぶのは、大阪夏の陣で
焼失した大阪城天守閣である。
金を最も美しく見せる黒色。
家康は江戸城や名古屋城などの
天守閣を、全て白に塗っている。
戦国オセロゲームとでも呼びたく
なる。黒と金の組み合わせが、
安土桃山時代の美学を象徴する
色だったのだろう。
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