長編伝奇小説「アストラルの森」
第1章 第1章・イナンナ
拓也は一瞬言葉を失い、背筋が寒く
なった。
「さすがに神と名乗るだけあって、人間の
本質を鋭く突いている。十戒の前半4か条を
裏読みするとな・・・」
金吾はそう言ってからウイスキーを口に含み、
ひと呼吸置いてから話を続けた。
「人間は本来、崇高な唯一神などに興味は
なく、理解する能力もない。現世利益を
もたらすと信じられている偶像を拝む傾向
がある。そのくせ天変地異や疫病の流行など、
危機的状況に陥る時に限って神の名を唱え、
救いを求める。そこで安息日という、定期的
かつ強制的な神に対する祈りの習慣が必要
になってくる。こうして飼いならして
おかないと、人間は神の事などすぐに
忘れてしまう。より多くの美食、豪華な住居、
美しい異性との快楽などばかりを求め、
むさぼり尽くそうとする。」
金吾の言葉に反応して、拓也の腹部に熱い炎
に似た怒りの感情が湧き起こった。
「人間どもは黙って神の言う事に従えってか。
俺はそんな従順な羊なんぞまっぴらだぜ。」
「おいおい、そんな戦闘的な気を発散するなよ。
修羅の気を招き寄せるだけだぞ。」
金吾はあくまで冷静だった。
「お前はたとえ相手が神と名乗っても戦う
タイプで安心したよ。」
金吾が笑いながら言った。
「で、次の父母を敬ったりしないってのは?」
「フロイトによればだけど、男は父を殺して
母を愛するエディプス・コンプレックス。
女は父を愛して母を憎むという潜在的願望
があると言われている
な。この潜在的衝動を幼少時にうまく克服
出来ないと、精神障害や同性愛、
ロリコンなどの性癖、殺人や性犯罪の心理
的要因になるとされる。」
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