側弯症が発覚し、まずは、背筋と脚力をつけるために、地元のバレエ教室に通うことになります。
なんせ、田舎のバレエ教室ですから、みんな、子供の頃から習っていて、12歳で入ってきた私は、かなり浮いていました。。。
しかも、入ったその日から、発表会の振り付けが始まり、私には無関係だろうと思っていたら、
バレエ教室の先生から、私まで出ることになっているお話しを聞き、「冗談じゃねーよ!」と思いながらも(笑)振り付けに参加したのでした。
基礎が無い状態で、振り付けなんて、かなり無理矢理感がありましたが、
「臨機応変に対応する」というチカラは、この時に身についたように思います(笑)
半年の準備期間を経て、いざ本番。
けがをすることなく、無事に終わってホッとしていましたら、舞台から楽屋に移動する最中に、
何人かの方に声をかけられました。
「何年くらい、習ってるんですか?」
「どこかのバレエ教室から、移籍してきたんですか?」
などなど、予想もしていない、ご質問をいただきました。
「いや。。。あの。。。半年前に、入ったばっかりで、振り付けを覚えるのに、大変でした。」
と答えると
「第3幕では、冒頭に男の子役で出てきて、最後は、衣装を変えて、別な役で登場してきましたが、
着替えは大変でしたか?」
とご質問があり、どう答えてよいかわからず、
「男の子の役ができて嬉しかったですし、最後の衣装は、ドレスだったので、着ることができて嬉しかったです。」
と答えました。
全然知らない方から、このようにお声かけをいただいたのは嬉しかったですし、励みになりました。
さて、バレエ教室に入ってから数年後。
中学校3年生の時に、私は、とんでもない行動を起こします。
【ロシアの国立の名門バレエ学校の教授先生のレッスンを受ける】
私が中学3年生の時、ロシアの国立の名門バレエ学校の教授が、日本に来日し、クラスを設けることを知った私は、親に受講をしたい旨を相談をしました。
書類選考まである本格的なクラスでしたから、母親も
「片田舎に住んでるような子は、受からないよ~」
なんて言っていたのですが、まさかの合格通知が届きました!
通知を受け取った後、バレエ教室の先生に、報告しました。
「ロシアの名門のバレエ学校のクラスに受かりましたので、行ってまいります」
とお伝えすると、
「まだ早い!」
とか、
「受けてどーするんだ!」
などの批判的な意見が飛んできました。
私は、このように答えました。
「先生。今回のこのクラスの受講は、一人につき、6万円なんですよ。
妹も書類選考で受かりましたから、うちは12万円を投資するんです。
なにも、その12万円をバレエ教室に出してください!って言ってないんですが、
それでも、批判的なご意見というのは、なぜですか?」
と申し上げました。
先生は、苦い顔をされていましたが、
【もっと、あたまを使って、しゃべってくださいね!】
と、15歳の私は心の中で思いました。
さて、ロシアの名門のバレエ学校のクラス。
ハイレベルな内容でしたが、もの凄くシビアに感じたのは
「才能の無いものには、見切りをつける」
ということを肌で感じました。
クラスには、20名ほどいたのですが、
先生が、直接的に声をかけて、アドバイスをする方もいれば、そうでない方もいました。
日本人的な感覚でいえば、
「全員が高額を投資しているわけだから、公平にみるべきだ!」
という考え方になると思います。
しかし、ロシアの先生方の見解は
「向いてない人は、バレエをやらないで」
というお考えが、根本的におありだったのではないかと、15歳の私は思いました。
私は、どちらかというと、先生にアドバイスをいただけた側で
「もっと、骨格を意識して、動かしていくように」
ですとか
「もっと、前に出なさい」
と言っていただけたのが、物凄く印象的でした。
地元のバレエ教室に戻った私は、通常のレッスンを通して、結果の報告をしました。
主催の先生にも、具体的に、どんなレッスンだったのかをお伝えしました。
これは、私がバレエ教室を去った数年後のことですが、バレエ教室の主催の先生がロシアにかけあい、
日本で教授してくれる先生をお探しになったようで、私が育ったバレエ教室の常駐講師として、ロシア人の先生をお招きになったようでした。
地域革命バレリーナになったような気分になり(笑)、大変嬉しい出来事でした。