ツマズキながら歩いてきました
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発行者:泉あゆみ
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ジャンル:エッセイ・日記

公開開始日:2016/06/12
最終更新日:2016/07/24 12:25

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ツマズキながら歩いてきました 第3章 音楽少女と地域革命バレリーナ!

側弯症が発覚し、まずは、背筋と脚力をつけるために、地元のバレエ教室に通うことになります。

なんせ、田舎のバレエ教室ですから、みんな、子供の頃から習っていて、12歳で入ってきた私は、かなり浮いていました。。。


しかも、入ったその日から、発表会の振り付けが始まり、私には無関係だろうと思っていたら、

バレエ教室の先生から、私まで出ることになっているお話しを聞き、「冗談じゃねーよ!」と思いながらも(笑)振り付けに参加したのでした。


基礎が無い状態で、振り付けなんて、かなり無理矢理感がありましたが、

「臨機応変に対応する」というチカラは、この時に身についたように思います(笑)


半年の準備期間を経て、いざ本番。


けがをすることなく、無事に終わってホッとしていましたら、舞台から楽屋に移動する最中に、

何人かの方に声をかけられました。


「何年くらい、習ってるんですか?」

「どこかのバレエ教室から、移籍してきたんですか?」


などなど、予想もしていない、ご質問をいただきました。


「いや。。。あの。。。半年前に、入ったばっかりで、振り付けを覚えるのに、大変でした。」

と答えると


「第3幕では、冒頭に男の子役で出てきて、最後は、衣装を変えて、別な役で登場してきましたが、

着替えは大変でしたか?」


とご質問があり、どう答えてよいかわからず、


「男の子の役ができて嬉しかったですし、最後の衣装は、ドレスだったので、着ることができて嬉しかったです。」

と答えました。


全然知らない方から、このようにお声かけをいただいたのは嬉しかったですし、励みになりました。



さて、バレエ教室に入ってから数年後。

中学校3年生の時に、私は、とんでもない行動を起こします。


【ロシアの国立の名門バレエ学校の教授先生のレッスンを受ける】


私が中学3年生の時、ロシアの国立の名門バレエ学校の教授が、日本に来日し、クラスを設けることを知った私は、親に受講をしたい旨を相談をしました。


書類選考まである本格的なクラスでしたから、母親も

「片田舎に住んでるような子は、受からないよ~」

なんて言っていたのですが、まさかの合格通知が届きました!


通知を受け取った後、バレエ教室の先生に、報告しました。

「ロシアの名門のバレエ学校のクラスに受かりましたので、行ってまいります」

とお伝えすると、


「まだ早い!」

とか、

「受けてどーするんだ!」

などの批判的な意見が飛んできました。


私は、このように答えました。


「先生。今回のこのクラスの受講は、一人につき、6万円なんですよ。

妹も書類選考で受かりましたから、うちは12万円を投資するんです。

なにも、その12万円をバレエ教室に出してください!って言ってないんですが、

それでも、批判的なご意見というのは、なぜですか?」


と申し上げました。


先生は、苦い顔をされていましたが、

【もっと、あたまを使って、しゃべってくださいね!】

と、15歳の私は心の中で思いました。



さて、ロシアの名門のバレエ学校のクラス。

ハイレベルな内容でしたが、もの凄くシビアに感じたのは

「才能の無いものには、見切りをつける」

ということを肌で感じました。


クラスには、20名ほどいたのですが、

先生が、直接的に声をかけて、アドバイスをする方もいれば、そうでない方もいました。


日本人的な感覚でいえば、

「全員が高額を投資しているわけだから、公平にみるべきだ!」

という考え方になると思います。


しかし、ロシアの先生方の見解は

「向いてない人は、バレエをやらないで」

というお考えが、根本的におありだったのではないかと、15歳の私は思いました。


私は、どちらかというと、先生にアドバイスをいただけた側で

「もっと、骨格を意識して、動かしていくように」

ですとか

「もっと、前に出なさい」

と言っていただけたのが、物凄く印象的でした。



地元のバレエ教室に戻った私は、通常のレッスンを通して、結果の報告をしました。

主催の先生にも、具体的に、どんなレッスンだったのかをお伝えしました。


これは、私がバレエ教室を去った数年後のことですが、バレエ教室の主催の先生がロシアにかけあい、 

日本で教授してくれる先生をお探しになったようで、私が育ったバレエ教室の常駐講師として、ロシア人の先生をお招きになったようでした。


地域革命バレリーナになったような気分になり(笑)、大変嬉しい出来事でした。

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