大根と王妃~名残恋の思い人~
第5章 一時の平穏
「果竪様、そこはもっとこのように」
嫋やかな手つきで、女官長ーー百合亜は針を操り刺繍を仕上げていく。
その横で、果竪は花の刺繍に手間取っていた。
チクチクチク
チクチクチク
チクチクチ--ブス
「いったぁぁぁあいっ!」
「果竪様っ?!」
果竪は思い切り自分の指に針を突き刺した。
現在、刺繍の授業中。
王妃として、果竪は日々沢山の授業を受けていた。
そう、何もただ真綿にくるまれるようにして遊んで暮らしているわけではないのだ。
まあーーその成果を発揮出来る場は限りなく少ないが。
そんなわけで、刺繍は女官長が講師として果竪に指導している。
「くぅぅっ! 大根なら、愛する大根の肖像画ならっ!!」
「果竪様、手を振り回さないでっ!血が流れますっ!」
だが、大根に関しては『裁縫の神様』と言われる果竪も、それ以外の刺繍に関してはまったくといって良いほどへたくそだった。
花は花でも、大根の花ならば素晴らしい作品となるのだが。
「いたたたた……」
「かなり深く突き刺してましたからね」
いつもは冷静沈着な百合亜でさえ、思わず悲鳴を上げた程だ。
針が刺さったまま折れなくて良かった。
「あ」
ブス--
「きゃあぁぁぁっ!」
「ああ、またっ」
一度ある事は二度ある。
果竪はそれを身をもって実践した。
そうして、何とか紆余曲折?の末に出来上がった二つの作品を前に、王妃の室に入る事を赦された数少ない女官達は褒め称えた。
「流石は女官長様! 素晴らしい作品ですわ」
「これは国宝にも勝る代物です」
「きっと医務室長様もお喜びになりますね」
なんでそこで医務室長?
なんていう質問など、彼女達には愚問だ。
なぜなら、彼女達は女官長と付き合いの長い医務室長の想いを知っているから。
医務室長ーー。
それは、この凪国の上層部の一神。
それも男性と女性の二つの性を併せ持ち、なおかつ子供を孕むことも出来れば男として子供を作る事も出来るという、両性具有の中でも非常に珍しいタイプに属する少年だった。
と言っても、実際には少年とはほど遠い女性と見紛う美貌は、凪国でも名高い美少女として名を馳せている。
だが彼は、女として生きる事を望まず、男として生きる事を望んでいた。
そもそも、見た目がどんなに美少女でも、その胸に実る二つの乳房が付いていようとも、きちんと男の象徴は持ち合わせている彼。
が、何も男としての性を望むのは、何も男の象徴を持っているからではなく。
ただ愛する女性を得たいが為だった。
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