イルバシット 戦士と花嫁 約束の大地へ
第1章 イルバシット
「あの頃は、大人達が何を騒いでいるのかも気にならなかったよな」
「今はサントルキシアでの挨拶を聞いておけば良かったと、そう思うけど、あの時は、遊ぶほうがずっと忙しかった」
話しているうち、俺達は、子供の頃にみた、賓客の行進を思い出した。
「キキ様が乗っていたのは、本当に美しい馬車だったな。ひょっとしたら、さっきのあの馬車じゃないか?」
俺は、はっきり思い出した。
紺の房飾り、木彫りの百合の花、そして、クローバの葉の形の窓。
間違いない。
「トルカザ。さっきの馬車がそうか?あの馬車でイルバシットに来たのか?」
俺は作戦を忘れて、トルカザにそう聞いていた。
「そうだよ。あの馬車でイルバシットに行ったんだ。御主の独りは、このリャウドだ」
「あの時、君達の馬車に花びらを投げかけた子供はたくさんいたろうけど、俺は、キキ様の若草色のドレスを覚えているよ」
「確かに、おばあ様は、若草色が好きだ。今も…。きっと天国で着ているさ」
腑に落ちない歯切れの悪さ。
やっぱり、トルカザは、俺達を頼りにしているのだろうか?
「トルカザ様、城門に到着致しました。アルカザ様のお部屋の前にお止めいたしましょうか?」
「あぁ、そうしてよ。お父様は、まだ部屋にいるかな?」
白紗石の白はどこまでも美しく光り、隙がなかった。
それはすなわち、そこに暮らす人を表している。
初めて会った時から、俺達は、彼ら兄弟に引き付けられた。
芝居だと分かりながら、何もせずに立ち去る事が出来なかった。
なのに何故、今はこんなに頼りなく感じるのだろう?
俺は、大切なキーワードを手にしながら、それに気づかずにいる、そんな変な気分だった。
どうして、年下のトルカザが、俺達の案内役をしたんだろう。
アルナスなら簡単に尻尾を出すようなまねはしないだろうに。
難しい石組のように、ぴたりと組み合わさった策は、俺には見抜けそうもない。
今はっきりと分かるのは、トルカザが、俺達に悪意を持っていないこと。
そして、どうしてか、弱みを見せていることだ。
初めはボロを出したのかと思ったが、それこそが作戦で、真実は他にあるのかもしれない。
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