イルバシット 戦士と花嫁 約束の大地へ
第1章 イルバシット
「なんだか、頼りにされてるみたいだな」
トルカザが出て行った後、つぶやくようにバルザンは言った。
あぁ彼らは、僕達をずっと待っていたらしいんだ、そう答えたかったが、ネストは、別の言葉を吐いた。
「なに不自由ないと思うのは、庶民の羨望なのかも知れないな。本人の意志を抜きにして、王になれって言うのは、すごく残酷な事だろ?」
「お前に理屈をこねさせたら、きっとマーキス様も叶わないな。さて、ちゃちゃっといくか」
バルザンは、いつもの身振りで、まだ椅子に座ったままのネストを急かした。
「彼は槍だって言ってたな、僕も槍でやろうかな?」
「どうした?急に。自分で言うくらいだ。槍では相当なうでなんじゃないのか。好きにすればいいけど、馬車がかかってる」
「僕の家は、シエラ家に仕えているけれど、叔母がザード家お抱えの料理人の家に嫁いでいる。だから、ザード家の三つ叉槍も習った事があるんだ。丁度同い年の男の子が姉の嫁ぎ先の近くにいて、遊びに行くたび、手合わせして遊んだ。アランといって、今年旅立ちのはずだったんだけど、母君が明日をも知れぬらしくて、旅立ちは見送られたんだ。たまの手合わせだったが、負けたくないから僕は一人で頑張った。そこそこ闘えるはずさ」
「そうか、自信があるなら、やってみろよ。斧じゃなきゃ、なんでも同じだろ?」
「ひどいな、僕だって、競技会で優勝したことがあるんだぞ。ただ剣では叶わないだけさ」
「初めて出たときだ、確かに、お前は強かった。でもあれは、投げ斧だったろ?お前があんまり華々しく勝ったから、あれ以来、投げ斧は実践以外禁止になったんだったな」
「武器のおかげみたいに言うなよ。ちゃんと日々の鍛錬は重ねているんだ」
二人は、言いたい事を言い合い、旅の荷を背負って、馬車を目指した。
勝とうが負けようが、もうここへは帰らない。
戦士としての経験は一切無いが、才だけはある、若者の背中は、驚くほどちいさくて頼りない。
自信の欠片も張り付いてはいなかった。
アルナスはすでにいず、トルカザとリャウドが待っていた。
さっきのよりずいぶん小さい馬車である。
「兄様は先に行ったよ。みんなを案内して待ってる。これが賞品の馬車だ。悪くないだろ?」
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