イルバシット 戦士と花嫁 約束の大地へ
第1章 イルバシット
キキは、眠りに侵されて以来、自分の居室ではなく、中庭の西側にある離れに移された。
亡くなった事になっている大王妃が、城の中で暮らす姿を見られてはまずいからだ。
主な世話は、眠りに侵されなかった、アルカザの妃ミナンがしていた。
今はだんだんと希望が見えて来ていた。
キキの体を拭きながら、ミナンは何時ものように話しかける。
「キキ様、イルバシットから、また戦士が来てくれました。明日王子達と試合をするらしいです。今度こそ、雪薔薇の王子だといいですね」
ミナンは、大まかな事情を知っていた。
誰かの恨みの心が、この災いの源だ。
しかし、災いをもたらしたのが誰なのかは、未だに分からない。
雪薔薇の戦士が、キキ様を目覚めさせるという話も、ひょっとしたら、トルカザの聞き間違いと言う事だってある。
もう訪れ、何も起きなかったのかも。
不安な気持ちが胸に沸いてくる事もあるが、そんなときは、眠っている夫に手紙を書いて紛らわしている。
アルカザは、目覚めている間に、返事を書いて、長い間、妻と、交流して来た。
王族同士、眠りに邪魔されて、言葉を交わすことは出来なかった。
深い眠りから覚めた頭は、いつも朦朧としていたが、ミナンの書いた手紙の返事は書く事が出来るのだった。
またイルバシットから戦士が来ていると書かれた手紙は、光がさしているように見えるのだった。
長い時間だった。
王子達にとっては、もっと長い時間だったろう。
でも、すべて終わろうとしているんだ。
アルカザは、きっと彼らこそ、彼の憎しみを鎮めてくれる、救世主に違いない。
そう書いて、ペンを置いた。
暗い塔の中では、何日でも起きていられたが、限界を越えると、眠りは容赦なく襲って来た。
この暮らしにもなれた今では、眠りが訪れる前に、塔の上まで登る事にしていた。
彼の父親は、優れた医者だった。
アルカス様は、病で亡くなったのだ。
決して父のせいじゃないのに。
なぜ、追放されなきゃならないんだ。
長い眠りの末にキキは、やっと彼の心にたどり着いた。
キキが嫁いで来た時には、すでに違う医者がいて、彼の父親とは面識がない。
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