イルバシット 戦士と花嫁 約束の大地へ
第1章 イルバシット
イルバシットの王子として生まれたものは、試練を乗り越えたすえ、国王となりこのサントルキシアで暮らしてきたのだ。
「こんなに高い山の上で、薔薇や百合の花が咲くなんて、どんな仕掛けがあるのだ?イサ、教えてはくれないか?」
「お教えいたしたいのですが、庭師にも良く分からぬ事らしいのです。言い換えれば、この三つの植物の他は、美しくは育たないと言うことらしい。塩の多い大地ですから」
「そうか、謎か…。マーキス様は、お元気か?ローダ様は?」
「はい、今いらっしゃいます。キキ様が連れていらっしゃいますよ」
「そうか。王子達が失礼をしたら、叱ってやってくれ。分からぬ子ではないから」
「叱らねばならぬ事など何も御座いません。仲良く遊んでいらっしゃいます。本当に、立派にお育ちになられましたね。知らせを頂きましてから、まだ五、六年ですのに」
近くで鳥達を眺めていた妻が、誰かに会釈をした。
白い正装のローダが庭の奥から歩いて来る。
「いらっしゃいましたね。王子様方を呼んで参ります」
イサは、音も立てずに消えて行った。
「良く来てくれた」
ローダ様の声だ。
私は微笑んだ。
「手紙は読んでくれたか、キキの事は心配いらない。この王宮で生まれた女の子には、特殊な力が有ることが良くあるのだ。キキには無いと思っていたが、人生の途中で目覚める事は珍しくない」
「はい。母が最近痩せたもので、それで連れて来る事を思いつきました。予言と関係あるのかと」
「何か心配事でも有るのかな。滞在のうちに聞いてみてやろう。王子も一緒だそうだな」
「はい。サントルキシアがあまりに美しいので、走り回っているところです」
「羨ましいよ。マーキスには、男子が出来なくて。息子の代で、ひとまずお役御免だ」
「姫君にお継がせになればよいのでは?」
「しきたりは、イルバシットを守るためにあるのだ。重い意味があるのだよ。守らなければ、小国は滅びるのみだ」
「イルバシットは滅びませんよ。ラスカニアがいる。守って見せます」
「頼もしい。私達も、エジプトからの風は、必ず止めて見せよう」
ローダは、若いアルカザの強い眼差しに、未来を見た気がした。
「マーキス。しばらくね」
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