イルバシット 戦士と花嫁 約束の大地へ
第1章 イルバシット
カザルスとイルバシット大王ローダの関係は、カザルスが引退し、その子供であるアルカザの代になっても変わらなかった。
カザルスが倒れてからは、目に見える付き合いは少ないが、結ばれた絆は、今も健在だ。
「父上の手紙の返事か。現王アルカザ様も一読をとあるが、お前は何か聞いていないか?」
アルカザは使者を務めたリャウドに尋ねた。
「はい、ローダ大王様、マーキス王様共にご機嫌麗しく、お元気なご様子。この返事の手紙に関しては、宛先はカザルス様になっていますが、アルカザ様にと仰せでした」
「そうか。ならば読ませてもらおう」
「父上、あれを見てよ!おっかないお山!早く帰ろうよ」
上の王子アルナスが飛びついて来た。
ずっと大人しくしていたが、とうとうしびれを切らしたらしい。
弟のトルカザは、おっとりとして、すやすや眠っている。
やはり幼い時の悲しい体験が、尾を引いているのだろうかと、アルカザは、アルナスを不憫に思った。
「アルナス、あの山に今から登るのだぞ。おっかなくなんかない。お前の大好きなおばあ様のふるさとだ。おばあ様の育ったお家があるんだよ」
「そうなの?僕にもあの山が登れる?おばあ様にも登れるの?」
「あぁ、秘密の道があるんだ。内緒だぞ。みんなが寝ている間に、きっと登り終えてしまうからな」
アルナスは機嫌を直し、馬車の窓からイルバシット山を見上げた。
山麓の深い森の手前まで行くと、トルキナスとよばれる騎士が待っていた。
「アルカザン王国国王ご一行様。お待ちしておりました。早速こちらの門からお入り下さいませ」
互いに良く知った顔だった。
彼は、イルバシットの騎士団の隊長でイサと言った。
「ありがとうイサ。皆様ご健勝と聞いている。後ろの馬車に、我が妻ミナスと、イルバシット大王ローダ様の姫キキ様がいる。馬車の扱いをよろしく頼むぞ」
「はい、心得ております。では、馬車の御主はわたしどもでいたします。どうかお許しをお願いいたします」
二人の御主は、いつものように、大人しく馬車を移るが、本当は、このくらいの山は登れるとそう思っている、しかし、馬車を移る理由は他にある。
この隠れ道を、他国の者に見せたくないのだ。
いつもの通例の通りに、二人の御主の馬車には窓がなかった。
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