イルバシット 戦士と花嫁 約束の大地へ
第1章 イルバシット
「それならば、私が参りましょう。あの石の事もあるし。母上も私と一緒にイルバシットへ行きませんか?本当に久しぶりの里帰りだ」
イルバシットと言うと、母は、少し眉根のしわを緩めた。
「大王がいてくだされば、アルカザンは揺るがないわね。あなたも一緒なら、帰ってみたいわ。お母様にも会いたいし、弟に助言をしたい。石の近くを通るだけでも、力がもらえるかも知れないしね」
母上は、久しぶりに嬉しそうな顔をして笑った。
イルバシットへの旅には、国王アルカザの他に、彼の母キキと、初めての訪問となるアルカザの妻ミナスと二人の王子も加わった。
気候も暖かく、旅はとても順調にすすんだ。
旅立ちの前に遣わした使者は、隊が旅程の半ばにさしかかるころに、現イルバシット大王、ローダからの返事を持ち帰った。
手紙には、先日の飛来石を心配する言葉がみうけられた。
それに、娘を伴っての来訪に対しての礼を述べる文章が並んでいる。
現王マーキスではなく、ローダに手紙を出したのは、父カザルスの手紙も預かっていたからだ。
内容は見ていないが、星読みの力についての事だと推測された。
アルカザンには、星読みの民はいないから、キキの力の意味を聞きたかったのだ。
それに、カザルスにとってローダは、キキを娶る時に対決した、初めての大人の男だった。
王となるべくして生まれた男子同士の付き合いだ。
相手はすでに王であり、カザルスは王子であった。
カザルスが、キキをと望んだ時、ローダはカザルスを追い返し、ある物を所望した。
ただし、ローダの所望の由は言わぬ事が条件だ。
三日かかれば、凡人、一日なら悪人、二日なら、キキを嫁がせても良い。
ローダはそう考えていた。
しかし、カザルスはわずか半日で戻って来てしまった。
三日かければ、自国の宝剣を持ち帰れる、二日でそれを成すなら、賢さを証明出来る。
しかし、一日では。
誰かを騙すか、偽物を使うくらいしか手はないだろう。
ローダは、ある程度期待していたから、明らかに落胆の色を表して、カザルスと謁見する事となった。
本当は、二日でも三日でも、カザルスが悪人でなければ、縁を結ぶつもりだったのに。
ローダは、その目に悲しみを浮かべて、カザルスの差し出した小さな包みを開けるのだった。
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