イルバシット 戦士と花嫁 約束の大地へ
第1章 イルバシット
それは、不思議な出来事だった。
トルカザの元に運ばれて来た果物を食べた私は、体が痺れ、しばらくは息が出来なかった。
誰もが毒だと思った。
しかし、毒はとうとう出て来なかった。
その場の出来事は、内密にされたが、トルカザの心に影をおとした。
それ以来、トルカザは、本心を言わなくなったのだ。
彼の心は、私には分かるが、何も知らない家臣や、国民には変わり者として映った。
「早くしないとアルナスが戻って来る」
彼の心が分かるだけに、頼まれるとついその願いをきいてしまう。
しかし、今日は少し遅かった。
宮殿の外に蹄の音がしている。
アルナス様が城の勤めを終えて、戻ったのだ。
私は、しめたと思った。
少なくとも、トルカザが危険に晒される事はなくなったのだ。
「今日はいたかトルカザ。しばらくは、宮殿内で大人しくしていろ。お前がどんな考えであろうと、お前は私の右腕なんだ。そのことを頭に置いておけ」
「兄さん、僕は別に…」
「別に何だ?はっきり言え」
「僕は、国を治めたいなんて思った事はないんだ。もう少ししたら、イルバシットの姫をもらいにでもいくさ」
「生意気な事を言うな。国を治める事も出来ないような王子のところへ来てくれるような姫など、どこにもいないぞ」
「でも…」
トルカザは、アルナスの前だと比較的素直だ。
強がらずにすむらしい。
「お前は国を守る大切な力だ。軽々しく傷つくな。父上も私も、お前を頼りとしているのだ」
「遊びたいのなら、私が遊んでやるぞ。まだお前になど負けぬ」
アルナスは、トルカザの様子から、いつものお遊びをするつもりだと気づいていた。
「また、イルバシットから若者が来ているらしいじゃないか。おばあ様の国の若者に私も会ってみたい。会うことになっているんだろう?」
トルカザの顔には一瞬困惑が浮かんだが、私の方を振り向いた時にはもう、お菓子に飛びつく子供の顔になっていた。
「ちょっと変わった会い方なんだ。兄さんもやってみるかい?」
「あぁ、剣の手合わせが出来るんだろ?お前が楽しいと感じる事なら、俺に出来ないことはない。どうすればいい?」
アルナスは、すっかりやる気である。
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