イルバシット 戦士と花嫁 約束の大地へ
第1章 イルバシット
キサの体からは、冷たい汗が流れていた。
「しっかりしろよ。お前なら、十分相手になる。勝たなくていいんだ。頭を使え、後ろに回るんだ。先生は、俺達が後ろをとるなんて考えてないからな」
「作戦を、簡単に口にしていいのか?俺とやるつもりだったんだろ?」
「お前とは、真っ向勝負に変更だ。作戦なんかいくらだってあるさ」
「やってみる。勝っているのは、体が小さい事くらいだからな」
俺の鎧は、やはりかなり小さかった。
しかし、きついのも感じないくらいキサは緊張している。
「準備はいいか?キサ、中央へ。ジルザは、しばらくそこで待て」
先生は、大人の中に入っても大男だ。
少年が相手なら、その差はあまりにも大きかった。
俺は、キサの緊張を和らげてやりたくて、話しかけた。
「ミナを覚えてるか?俺は、勇者の塔で悪い事をしようと思った事があるんだ。実際には、突き飛ばされたけど。その時、偶然見つけたんだ。親父の名前。王の騎馬像があるだろ?あの像のスケットの裏に彫ってあった。こんな時変だけど、俺も同じ気持ちでいるよ。キサ、俺が後ろにいる。お前が負けても、俺がいるから。だからお前は、好きなようにやれよ。もしうまくいかなくても、俺がいる」
「おい、ジルザ、それで慰めてるつもりか?なんだか、俺はさっぱり役に立たないと、言われてる気がするぜ」
キサは、ため息をつき、少し笑ってくれた。
俺は、満足して、笑い返した。
「それにしても、君が、ミナに、そんな事をするなんて、驚きだった。あいつ、君のこと好きだったのに、なんで帰っちゃったのかな」
キサは後ろ向きで、そんな事を言い残し、先生の前に進んだ。
ミナが俺を好きだった、俺の耳にその言葉が響き渡った。
けれど、稽古が始まろうとしていて、俺は、ミナの顔を思い出すことが出来なかった。
少し離れたここからでも、分かるほど、彼は震えていた。
俺は、なんだか、代わって遣りたいような、変な気持ちで、キサの背中を見つめた。
始めるぞ。
という声が聞こえたとき、俺の中では、完全に先生は悪者だった。
俺は、後先を考えずに、キサを応援した。
「キサ、お楽しみの始まりだ。お前の方が先生だと思え」
キサは、面白がってくれたらしく、硬さを吹き飛ばして、動き始めた。
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