イルバシット 戦士と花嫁 約束の大地へ
第1章 イルバシット
「そうか。あいつの目的は、私の命ではないからな。私を、惨めな男にさせることだから。ハル・サンすら利用されたのかも知れない。だから、血縁のない兵士達に、危害は加えまい。ただ、水や食事の持ち合わせを考えると、明日には見つける必要がある」
「北の塔か。カズと二人で良く入れられたな……。イーデ彼の縄を解いてやれ。その後、二人で食事だ。イナスは私に付け。後の者は宮殿の窓と暖炉の点検。リリアの部屋はリンとタグ御爺にまかせ、確認したら窓の外に二人、扉に二人だ。人選は任せる。では動け」
シス様が話を始めると、騎士達は、皆、いつの間にか跪いた。
そして、動けと言う号令が出ると、足音なく部屋から出て行った。
イナスと呼ばれたのは、副長だった。
「ケイ、食堂に行こう。食堂っていっても、街のとは一味違う。シス様には、何か考えが有るのかも知れない。でも、僕たちは、今日はお開き、おとなしくしていよう」
「考えって?」
「イナス様はシス様の腹心だ。この宮殿のすべてを知っている。今はレブ様が伏しているからな」
「レブ様って言うのは、リリア様の婚約者と噂のある方ですね?キキ様を守った英雄だ」
「さあ、飯にしよう。仲間がひもじい思いをしている時に、かわいそうだが、お前まで精気をなくしては元も子もない」
「シス様は、ソナ・サンを良く知っているみたいだな」
「ああ。クス家と並び、ラスカニアを支える双璧。ソナは嫡男ではないが、シス様と年が近いからな。自分の武器を選ぶ前、二人は仲良く剣の稽古をする仲だった」
「うちみたいな家とは、背負う物が違うんだな…。それにしたって、酷い話だ。もし、友達にそんな風に思われたら、どんなに強い男だって、折れてしまう」
「シス様は、大丈夫だよ。あの方の周りには、光が集まっている。神から授かった力だろうな。暗殺剣を修得する前は、ソナも、そんな人だったと聞いているが」
暗くて、冷たい雲、それが今のソナ・サンの印象だった。
皆いつの間にか、ごく自然な成り行きで暗殺の実行者を遠ざけた。
嵐の渦は、ソナのなかで、大きく膨らんだのだ。
「イナス、下を照らせ。よし、私が入ったら扉をしめよ。お前はあの部屋で待て。戻ったら知らせる」
229