イルバシット 戦士と花嫁 約束の大地へ
第1章 イルバシット
「もう五年も前になるのね、サントルキシアでカザルス王子に初めて会ったとき、私は恋におちたわ。でもカザルスは違っていた。私が出した手紙に、断りの返事をくれたの」
「私は、王子も恋をしたんだと思っていたから、裏切られた気持ちだった。でもね、五年前の事覚えているかしら、当時はまだこの国はイルバシットの金鉱脈を狙っていたの。私が行ったらかっこうの人質。だからカザルスは、一度断ったんですって。ただ手紙の最後に暗号みたいな文章があったわ。ニサ酒には熟成期間が必要だと聞いています。もしも私があなたより年上になったら、お迎えに上がります」
「私の方が二つ年上だったのを、カザルスは気に入らないんだと思ったの。でも信じられない返事だったわ。誰もが婚約は成るものと思っていたんですもの」
「カザルス王子からもらった手紙みたいな衝撃は初めてだったわ。私は、すでに恋におちていたから。だから素直に、どんな返事を書いたとしてもあなたの下さった手紙には及ばないから、これでお別れします。そう書いたの」
「リリア。自分の考えをすべてだと思ってはだめよ。あなたが、シスを心配するように、シスにも彼にも、事情があるわ。もしもあなたに危険が及ぶような事があるとしたら、だれも決断出来ないわ」
「王妃キキ様、事情なんてありません。兄を助けてくれるなら、私は、一生を共にします。そう言ったら、断られました。王妃様に対するカザルス王の気持ちとは違いますわ」
「シス、あなたは何か私に隠しているのかしら?」
「私は、弟子を信頼しているだけです。それに、財産は安心の一つの形ですから」
「あなたの家の事。それはわたくし達の責任でもあるわね」
何かが、動いた。
それは、シスがずっと探し求めていたものだ。
本当に狙われていたのは誰なのか、霧が晴れるように見えていた。
王妃様が来るまで、力の中に居たもの。
二つの王家と、継承権を持っている貴族達。
彼らにとって邪魔なのは、我が父が救世主と呼んだ人ではないか。
物陰から毛糸玉を狙う子猫のように、楽しくてたまらないらしい。
彼はたのしげな笑みを浮かべ、そしてすぐにそれを隠した。
どこかから微風が入って、灯りがゆれた。
だからごく自然に振り向いた。
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