イルバシット 戦士と花嫁 約束の大地へ
第1章 イルバシット
「本当は、ゾラ・ザードと二人旅をするはずでした」
「そうね。弟からの手紙には、ゾラの看病の甲斐があって、持ち直したと書いてあったわよ」
「そうですか!良かった」
俺は無意識に顔を上げた。
王妃様のお腹がふっくらとして、命の誕生を待っている事が、はっきり見てとれた。
「キキ様、おめでとうございます。いつお生まれに」
「秋の初めに産まれるわ。マーキスにはまだ知らせてないから、あなたに、この手紙を託すわ。無事に届けてね」
「はい!」
俺は、手を出したまま、ぶるぶる震えた。
「まだ姫か、王子か、分からないわ。マーキスには分かってから知らせようと思っていたのよ」
「マーキスは、後はシエラかザードに譲るつもりだけれど、諦めた時、命を授かる事もあるわ」
「この手紙には、そんなわたくしの考えも書いてあるのよ。弟には、通じないかも知れないけれどね」
キキ様は、すでにイルバシットの姫君ではなく、ラスカニアの王妃に見えた。
「ゾルジ、どの家もこの時期は、娘をどこかへ隠すのが習わしだそうよ。若い娘さんには会えたかしら」
「競技会に出るのが楽しみで、会話はおろか、探す事も出来ませんでした」
「それは残念だけれど、諦めるのは早いわ。あなたを応援する声の中には、女の子の声も混じっていたもの。晩餐会には、あなたを応援していた娘さんが来るかもしれないわ」
「そうでしょうか。頑張って、優勝したら、花嫁も見つかるかなと思ったんですが、あっけなく負けて仕舞いました。見知らぬ相手との試合で、すごく疲れたし」
「シスの作戦に引っかかってしまったのですってね。でもきっと昨日よりも強くなったはずよ」
「ありがとうございます。こんな風に、お言葉が頂けるなんて、思っていませんでした」
「私のふるさとの宝ですもの。若者に会うといつも思うのよ!やはり、若さって宝物だってね。あなたは、思った通りに、手紙を託すに足りる清らかな子供だったわ」
「キキ様なんと答えたらいいんでしょう。私にマーキス王へのお遣いがつとまるでしょうか?」
目の端に、リリアの顔が移る。
俺の心臓は、敏感に反応する。
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