イルバシット 戦士と花嫁 約束の大地へ
第1章 イルバシット
誰かと一緒なら、危険度は下がる。
状況から考えて、暗殺者はひとりだ。
あくまで、人の目に触れることなく、闇の世界ですますつもりだ。
ならば、二人でいることで、守られるかも知れない。
でも、やっぱりリリアに話すべきか?
「兄様だけじゃなかったんだわ」
「…。」
「兄様が、自分の剣で怪我をするなんてあり得ない。わかるでしょ?」
「君は知ってたのか…。朝、シスと少し話した。その時、リリアが何をしたかったか分かったよ。君は、シスを守ってくれる人を探してるんだろ?」
「………」
「俺は出来る限りの事をすると約束した。今はそれしか言えないけど、なんとなく、ザイルさんの気持ちが分かって来たよ。俺は、離れて暮らす事が裏切りだとは思わない」
「嫌な国、でも大切な祖国だわ。協力してくれる人を待っていたの。あなたが倒した戦士は私の友達よ。王女の私と対等に訓練を重ねてくれた大切な人。彼女。兄様。リヤドが力を貸してくれるわ。そして私も、あなたに一生を捧げるわ。どうか力を貸して」
「ちょっと待ってよ。一生を捧げるなんて!そんなんで君と過ごしたって、幸せになんか思えない!君の家が大変なら、いくらでも力を貸す!イルバシットの戦士としてだ。交換条件なんかいらない」
「あなた、要するに私が嫌いなのね?それならもういいわ、あなたには何にもあげない。私の為に、死ぬ気で働きなさい!」
「なんで怒るの?俺は、その、交換条件みたいなことは、嫌いなだけだ!」
「なんでもいいわ!とにかく明日は優勝なさい!」
リリアは急に怒り出し、ゾルジを馬車から放り出し去ってしまった。
なんで?ゾルジには、リリアの怒りの意味が分からない。
間違った事は言ったつもりはないし、第一、リリアの為に、このまま残ろうかとさえ思っているのに。
しかし、肝心の頼みごとをするのを忘れてしまったではないか。
俺のするべき事は、あの声の主を探す事だ。
それしかない。
あの特徴のある冷たい声の主を。
勝利への執着は、もう消え失せていた。
そして、また考える。
恨みを捨て、冷静に。
シスばかりか、リリアまでねらうのは、なぜなのか。
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