イルバシット 戦士と花嫁 約束の大地へ
第1章 イルバシット
そう言葉にしなかったのは、自分でも驚いたけど、多分、俺の母さんが、とても優しい人だからだ。
「悪かったな。とんだお節介だった。試合の相手は、強くはない。落ち着いてかかれば、負ける事はないさ」
昨日の、彼のしゃべり方が年寄りじみていたのは、この事を話すかどうかを、ザイルさん自身が迷っていたからに違いない。
炭屋のお婆ちゃんと言っても、孫は俺より十かそこら上なだけに見えたから。
俺は動揺してる。
このままじゃ負けるな…。
そう思った時、通りの方から、視線を感じた。
リリアが、そこにいたらと、バカな期待を持った。
しかし、そこには誰もいない。
あいつめ、余計な事を言ったものだな。
これでは、面白くない。
妹を託すには、ちゃんとした試練を与えなくては。
シスは、危険な視線の存在に気がついた時から、リリアを託す相手を探していた。
右手に負った傷を見る度、シスはその剣を握っていた相手が、レブのように思えてならなかった。
短剣である上、影の動きに特徴があったからだ。
勘違いに違いないと思おうとしても、それは、だんだんと確信に変わって行った。
どうして彼が自分を狙うのか、それすら想像もつかない今、シスも、刺剣の試合を選んだ。
どうか、自分の考えが、愚かな邪推であるように。
シスは、願っていた。
「おい。言い忘れていた。優勝者以外にも、四つの山の頂点に立てば、招待される。ラスカニアの剣士は、優勝者以外出てこないが、お前は外国人だからな。まぁ頑張れ。お前の山は、厄介だが、健闘を祈っている」
「厄介って?」
「私がいる」
「何でお前が出てるんだ!お前は槍じゃないのかよ!」
「たまには、他の武器もやってみたいんだ」
「本当に嫌な奴だな。王子様に勝てる奴なんているのかよ」
「お前にも勝ち目はあるぞ。私は、刺剣は素人だからな。暗い中でした試合など参考にはならん」
「良ければ競技場まで馬車に乗せてやろう。お前は第一試合だぞ」
「初っぱなの試合か」
「今日、四試合組まれているから、第一試合は、みんな狙ってる。一番休めるいい位置だ」
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