イルバシット 戦士と花嫁 約束の大地へ
第1章 イルバシット
「イルバシットの子か?」
後ろから聞こえて来た声は、もう老人に近かった。
不思議なのは、マキさんより、エジト語がうまい事。
俺は嬉しくて、思い切り振り返った。
老人は、見たところ、普通のラスカニア人より少し褐色の肌をしている。
目鼻立ちがハッキリしていて、まるでイルバシットのおじいさんみたい。
「あなたは?」
「わしか?わしはお宿ルイカの料理人ザイムと言う。向かいの炭屋の隠居じゃ」
「あぁ、お向かいの…」
そうか、リリアはお向かいの炭を買いに来ていたんだ。
それで、俺の馬鹿な叫び声を聞いて、パンとミルクを。
またリリアの事を考えちゃった。
「お姫様はいかんぞ。お姫様に惚れたら、イルバシットを捨てる事になる」
「捨てるなんてばかな。そんな奴いませんよ」
「そうか。確かにバカな奴だな。はははは」
おじいさんは、野菜倉庫から出した芋を揺らしながら大笑いをすると、今日の夕飯は芋の肉入りスープだらな、最高にうまいぞと言い残し、宿のお勝手に消えた。
リリアの事、誰かに言ったつもりはないのに、みんなには筒抜けだった。
炭屋のザイルさんか。
ずっと商売してたら、エジト語もうまくなるんだろうか。
俺は夕飯を楽しみに思いながら、ラスカニアの街をゆっくり眺めた。
戦った事がない相手と試合をするなら、先手必勝。
しかし、自分の武器は、受け身で本当の力を発揮する刺剣だ。
相手は、余裕を武器に待ちの姿勢に出るだろう。
ゾラならどうするかな?
きっと、さっさと打ち込めってわめくだろう。
彼の言うことを聞く訳じゃないが、相手に余裕があったら、痺れをきらすのはこっちだからな。
覚悟して、思い切り打ち込んでみるさ。
作戦を考え、その事を手紙に書いた。
ゾラがこの手紙を受け取る頃には、作戦の結果も出ているだろう。
手紙を頼み、宿に戻ると、マキさんが待ち構えていた。
どうやら、明日発表される対戦相手が分かったらしい。
「えっ、どうして俺だけ?」
「いいからいいから。ミナちゃん隊長さんの親戚だから。頼んで聞いてもらったのよ」
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