イルバシット 戦士と花嫁 約束の大地へ
第1章 イルバシット
ゾルジが旅立って三日が経っても、サーナはまだ言い続けた。
「どうしてそんなに心配なんだい?君らしくない。ゾルジは優秀な戦士だ。足も速い。あの子は、賊に襲われるような間抜けじゃいよ。それに、ラスカニアは隣国の中でも、特に親交の深い国だ。待っていてやろうじゃないか?」
「カルダゴの庶民の間では、イルバシットの王子様の話が良く話題になるの。王子を射止めれば、一生楽に暮らせるって。でも、こう話す奴もいるわ!まだ表向きに王子と認められてないから、捕まえるのは簡単だ。すごい金づるだって」
「イルバシット新国王が誕生して十八年。噂をするような輩は、そろそろ王子が旅に出る頃だと狙ってるわ。ゾルジがもし捕まるようなことになったら」
「お前は、ゾルジの優秀さが分かってないんだ。そんな賊でさえ、ゾルジの相手じゃいよ」
サイはそう言ったが、妻の言い分にも理があると思っていた。
「でも君の心配も分かる。ゾルジは、十日で戻ると私に言って出て行ったんだ。だから、それでも戻らない時は、だれか差し向けよう。それでいいか?」
サーナは不安を抱えたまま、頷いた。
ゾルジの旅には、あてが有るわけではなかった。
それに、今回の旅で是が非でも花嫁を見つけると言う気持ちは、少し薄らいでいた。
前日に、ゾラの母君が危篤なのだと聞いたからだ。
自分に何かあれば、両親兄弟ばかりでなく、ゾラも辛い思いをする。
今回の旅は自分の運試し。
自分がどんな風に見られるのかを楽しみに思っていた。
ラスカニアはイルバシットと同じく、王国である。
歴史があり、王族がたくさんいる。
彼らと関わるのは、避けたいところだ。
先人達の助言によると、そこだけ気をつければ、豊かで安全な国であるらしい。
そんな事を考えながら、半日を費やし、キニラ川にかかる橋を渡った。
渡った先はもうラスカニアであり、そこには小さな検問がある。
「君はイルバシットの旅人だな?武器を全部拝見する。それと、滞在日数を聞かせてくれ」
型どおりの検問だ。
ゾルジは、ただ一つだけの刃物であるトルキを見せ、七日の滞在だと言った。
「そうか、ここに名前を書いてくれ。帰りには必ずこの橋を通るようにお願いする。ではよい旅を」
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