イルバシット 戦士と花嫁 約束の大地へ
第1章 イルバシット
城壁の外の世界は、決して危険なわけではない。
しかし、油断は大敵である。
井戸は、水質が変わっているかも知れないし、湧き水が止まってしまえば、腐っているかも知れない。
だから、いきなり口に入れるわけにはいかないのだ。
「水筒にはまだ沢山残ってるからな。俺の水筒はお前に預ける。俺は、井戸みずの水筒を持つよ。明日の朝、小鳥に飲んでもらってからでないと、口には入れられないからな」
「そうだな。君が重い水筒二つになるけど、いいのか?」
「大丈夫!その代わり地図を頼む。どうやらお前の方が向いてるらしい」
「分かった。しかし、旅人の泉が見つからない。汗を流したかったのにな。バルザン。何か聞いてないか?」
「いいや何も聞いてない。でも、旅人の泉は、キニラ川とつながってる。雨の時期に、降らなかったせいで、干上がってるのかもな。雨が来ればまた現れるらしい。星読みの叔母さんがそう言ってたよ」
「君の家はすごいよ。いったい何人トルキナスがいるんだ。聞いてるうちに、こっちまで滅入ってくるぜ」
「そう言うな。俺はすごい重圧を感じてるんだそ」
「それはそうだな。まあ、君とくらべれば、俺は気が楽だ。そろそろ鷹の首だぞ。振り返ると、キニラの滝が見えるはず。おおっ、後ろだ。やっぱり、迫力あるな」
鷹の首とは、溶岩の塊の事、イルバシット山の東側、ラスカニアの国境を指すように中空に出っ張った岩の事だ。
キニラ川は、その裏側に発している。
山肌を突き破るように滝となって現れるのだ。
「あれでも去年よりずいぶん細いはずだよ。でも、川を泳いで渡るには最高だ。橋をわたると、ラスカニアの兵士に隅から隅まで調べられるらしいから。浅瀬をわたろう」
ラスカニアとは、古くから、深い親交があった。
しかし、二十年ほど前に起きた不幸な事件のせいで、今は旅の目的地に選ぶ戦士はいない。
だから、ラスカニアの情報は、極端に少なかった。
ラスカニア人の人なつこさや、いたずら好きも、今では忘れられていた。
今にして思えばミナは、ラスカニア人の特性を持っていただけだったのだ。
俺は、まだ子供だったから、自分に気があるんだと誤解した。
しかしミナは、すごく素直で、明るい娘だっただけなんだ。
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