イルバシット 戦士と花嫁 約束の大地へ
第1章 イルバシット
「なんと言えば良いだろう。俺の精神は、そのまま弾き飛ばされるかもしれない。今度は俺が眠る羽目になるかも知れないって事だ」
「他に方法は?例えば、君の父上か妹君ならどうだ?星読みの経験がある人なら、対処出来るはずだ。直ぐに帰り、早馬で引き返せば、間に合うんじゃないか?」
「今は夏だ。隣国から沢山の賓客が来る。星読みにとっては、仕事が山積みの時期なんだ。二人とも、イルバシットの周りを駆け回っているはずさ。会える確率は低いんだ。それに、キキ様の体温が下がっているらしい。放って帰る事なんてできないさ」
本当は違う。
俺はネストに嘘を言った。
俺が未来を見る事はすなわち、ネストの未来を見る事でもあるからだ。
彼には、俺に隠しておきたい秘密がある。
しかし、俺が力を授けられれば、ネストの未来を知ることになる。
星読みの力は両刃の剣だと、父親から習った。
危険を知り、それを避ける陽の力と、明るい未来を知り、人から、努力を奪う、暗の力。
それを知っても、揺るがぬ強さを持つ者に、星は話しかけて来る。
父はそう言った。
俺に自分を律する強さがあるか?
努力を続ける純粋さがあるか?
俺には分からない。
「バルザン、君がやると言うなら、僕は君を守る。君の精神を呼び戻してみせる。君も感じるだろう?僕達は、深い絆で結ばれてる。だから僕がしっかり、君を支える」
ネストの気持ちが嬉しかった。
だから俺は、せめて本当の気持ちを告げようと思う。
「俺が未来を知る力を持ったら、お前は自分の未来を知りたいと思うか?」
俺がそう聞くと、ネストは不意をつかれたように、表情を暗くした。
僕の隠している事、それは、僕がシエラ・イルバシット家の男子であること。
もしも、花嫁を見つけ、無事に帰りついたら、国王になる権利を手にする人間であること。
バルザンは、僕が隠している秘密を見てしまう事を怖れていたんだ。
泣くわけにいかないけれど、涙がこぼれそうだ。
バルザンは、自分の事で一杯で、僕の涙には気づかなかった。
僕は、涙を飲み込んで、口を開いた。
「国王じゃあるまいし、知りたくないさ。僕は、君がどんな未来を見たとしても、その未来をかえて見せる」
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