イルバシット 戦士と花嫁 約束の大地へ
第1章 イルバシット
体は動かないし、目も開かないが、彼らのひそひそ声が聞こえていた。
こいつは初めからおかしいんだ、とか、魔物がいているに違いないから、触るなとか、笑いが込み上げて来そうな声が俺の耳に届いた。
しばらくすると、ネストの声がした。
間違いかな?
でも、バルザンと俺の名を呼んでる。
「バルザン、どうした?しっかりしろ!目を開けるんだ!」
友の声は、はっきり聞こえたが、俺は、目を開けることが出来なかった。
「どうしたっていうんだ。バルザンは、こんな平らな道で落馬するような男じゃない」
「馬車に運ぼう。彼はこのところ普通には見えなかった」
アルナスがそばに立っていた。
ネストとアルナスは、バルザンの体を何とか起こし、両脇に潜り込むと、そのまま立ち上がった。
近衛兵達は、馬車の御主の後ろの扉を開いて、二人をそこへ導いた。
座席にバルザンを寝かせると、彼はうめいた。
「…キキさま…」
「バルザン、キキ様がどうかしたのか?」
しかし、ネストが呼びかけても、彼はピクリとも動かなかった。
バルザンを見ても、彼が息をしていることしか分からない。
「アルナス、城に着いたら医師を頼む。心配をかけたせいかな…バルザン。こんな事、一度だって無かったのに」
「あぁもちろんだ。彼には大切な用があるんだからね」
二人は馬車に戻り、密やかな声で話を続けた。
「バルザンに用ってどんな事だ。僕に用があるんじゃないのか?」
「君とは、第一王子として付き合いたいだけさ。君が彼に知られたくない気持ちが分からない、隠すべきじゃないだろ?僕が彼なら言ってほしいな」
「僕の身分を知っても彼は変わらないだろう、でも僕自身が変わりたくないんだよ」
「複雑なんだな。でもアルカザンにも、理解出来ない事はある。これから、父の部屋で見ることには驚かないでくれ。きっとすごく驚くと思うんだけど」
「どんな事なんだ?君が前置きをするなんて珍しい。いつもいきなりなのに」
「おばあ様が亡くなった時、マーキス王が来た。おばあ様の弟君だ。マーキス王は悲しんでいたよ。僕達も。でも悲しみの意味は違っていたんだ」
118