イルバシット 戦士と花嫁 約束の大地へ
第1章 イルバシット
あの時のトルカザの困った顔は、俺の言葉に対してではなかったのだ。
きっと、闘技場から出て行くリャウドの姿を見つけたから。
リャウドがネストの伝言を伝える事なく、姿を消していたんだとしたら、アルナスが初め剣を持っていた事の説明もつく。
俺は、開かれていくなぞの扉を見せられて、負けの悔しさを味わう事も出来なかった。
俺は迷った。
トルカザを追いかけるべきか、親友の闘いを見届けるべきか。
しかし、迷ったのは一瞬で、俺は二人の試合が始まる前に、トルカザの後を追っていた。
当然、見張りの近衛兵が俺を止めに入ったが、俺にはまだ力が残っていたし、丸腰の俺を見て、相手が油断した事もあって、軽々と抜け出せてしまった。
闘技場の外にはアルナスの馬が繋がれていた。
その馬に乗ると、馬は火のように、城を目指した。
誰かが俺を呼んだのだ。
俺は、自分が間違っていないと信じられた。
城の手前の道にトルカザの馬が、見え隠れしている。
その後ろを、近衛兵が追いかけていた。
俺の後ろからも、何人かの兵がついてくる。
俺は、馬に身を任せ、風のように走った。
リャウドに何か秘密があるのだとしたら、二人にとっては、大きな打撃だろう。
彼らがリャウドに対して示したものは、信頼とか、親愛とか、とにかく、暖かい感情だったからだ。
俺はずっと、鍵を握るのは、キキ様だと信じ、対処して来たが、それはどうやら違うらしい。
王子達の抱える問題と、キキ様の問題は全く別のところから発している。
バルザンが突然闘技場から出ていった。
彼は近衛兵を打ち払う時、一瞬こっちを見た。
どんな事が起きたのか、ネストには分からなかったが、親友の身には、さしたる危険は感じなかった。
バルザンが出て行くのを見て、心を乱したのはアルナスだった。
その訳を想像出来るからだろう。
ネストは、アルナスの顔色を見ている審判を睨みつけ、早く始めてくれと詰め寄った。
「そう焦るな。弟がここを出たのが気になる。君の親友も居なくなったが、君は放っておくつもりかい?」
「試合は試合。武器を改め、構えた以上、他の事は関係ない。親友は、彼自身で対処するだろう」
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