イルバシット 戦士と花嫁 約束の大地へ
第1章 イルバシット
トルカザは、剣を構えたまま、なかなか打ち込んで来なかった。
俺をじらすつもりだろう。
流石に隊長様と言うべきか、俺の性分は読まれているらしい。
先生の言葉を無駄にしたくはないが、追いつめられた感覚が俺の気持ちまで堅くし始めた。
今までに経験したことのないほどの劣勢感を味わっている。
諦めかけたとき、俺の頭にキキ様の事を言った時のトルカザの顔が浮かんだ。
キキ様の事が、トルカザの弱点なのかもしれない。
キキ様は生きている。
彼らはそう言っていたけれど、まさか本当にそうなんだろうか。
あの時のあの声は、まさか、キキ様の声なんだろうか。
私はここにいる。
あなたはイルバシットの星読みね!
私の力を受け取って!
そうすれば、私は目覚められる!
動揺するバルザンの心にまたあの声が染み込んだ。
これがキキ様本人の声か?
俺は、隙だらけの状態で、ぼぅっと突っ立っていた。
トルカザは、あきれはててしゃがみこみ、俺を眺めていた。
「バルザン、準備は出来たかい?そろそろ本気を出すよ」
「何をぬかしやがる!変わってるにもほどがあるぜ、この国はよ。さっきから、キキ様が俺を呼んでるんだ。その声がうるさくて、試合なんか出来るか!まずはキキ様に会わせろよ!」
俺は時間稼ぎのつもりで、確信の無いままそう口にした。
だが、俺の言葉は、意に反して効果があった。
トルカザは、隠そうとしているらしいが、顔色が変わった。
まさか本当に?
俺は自分で言っておきながら、手が震えていた。
もし本当にそうなら、ネストがもし、噂の旅立ちを迎えた王子だったら、俺は、花嫁を探すどころではない。
俺は、試合に勝ちたいばかりに、とんでもない領域に入り込んだのかもしれない。
後悔しても始まらないが、近くで聞いているネストの事が心配になった。
お前が王子だなんて信じたくない。
それじゃもう対等でいられない。
俺は、お前の口から聞くまで信じない。
短い時間の間に、考えは巡った。
トルカザが、俺の視野から一瞬消えて、そして再び現れたとき、トルカザの剣が目の前に迫った。
俺は、ほとんど勘だけで、その剣を振り払う。
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