イルバシット 戦士と花嫁 約束の大地へ
第1章 イルバシット
「そんな事言っていいのか?この腰帯を見せたら、彼はどれほど驚くだろうね」
「僕の荷をあけたのか!そんなまねをして、君はそれでも王族か!」
「そうだよ、僕はこの国を、そしておばあ様を守れるなら、何でもするさ」
アルナスの手には、イルバシットの王族の印、白い腰帯が握られていた。
「彼は負ける。君もおとなしく負けるんだ。そして、おばあ様を助けてくれ。頼んだよ」
強気な言葉を吐くアルナスの目の中には、深い悲しみが宿っていて、ネストは、彼に怒りを持つ事が出来なかった。
「それを返してくれ。君は、どうしたいんだ?父君のご病気には同情するが、そんな事をしても、キキ様は喜ばないぞ」
アルナスは、若者らしく少し目を伏せた。
彼らにはいつも純粋なところがある。
だからこんな事を言われても、怒りが湧いてこないのだった。
「分かってくれないらしいな。ならば、我らの力で勝つまでだ」
アルナスは笑みを浮かべ、持っている剣で、鉄の格子を叩いた。
「トルカザ、もう遠慮はいらないぞ。好きにしていい」
不敵な言葉だった。
確かにトルカザはすばしこい。
しかし、バルザンがトルカザの間合いを見切れば、簡単に負ける事はない。
バルザンには、僕がついてる。
「バルザン、そんな奴に負けるな!」
ネストの叫び声が聞こえてきた。
アルナスの憎たらしい言葉が聞こえて来たときだ。
俺は、嫌な予感に包まれた。
冷静にならなければいけないときに、そんな言葉を吐くとは、ネストを苛立たせるような事があったのだ。
まさか、そう思った時、俺には隙が出来た。
せっかく、唯一勝てるかも知れない策を思いついたのに。
打ち込まれると思った時、トルカザの顔に笑みが浮かんだ。
「アルナスの言葉に気をとられたの?それとも友達の言葉にかな?僕はそんな隙につけ込まなくとも負けないよ」
トルカザは、一度剣を下ろして、また初めのように緩やかに構えた。
彼は、俺に対して、一つも脅威を感じていないのか…。
俺は怖れさえ感じるのに。
勝負はこれからだ。
そう思おうとしたが、肩の力を抜こうとしても、体は言うことをきかなかった。
後一太刀か、二太刀で勝負が決まる。
俺にはそんな予感がした。
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