眠らない男
第1章 ほくそ笑む男
隣には二十代半ばくらいのOLらしき女が、また横には、私とほぼ同じ恰好をした中肉中背で額の広く、脂性の男がやや猫背気味でスポーツ新聞を片手にして気怠そうに活字を眼で追っている。
(あぁ、何ていい匂いがするんだろう)
すぐ隣の若い女の甘い香水に誘われ、米林の表情は思わずニヤリとしてしまう。
(ったく、ぱさぱさと新聞なんか折り広げ眺めやがって)
額まで髪の禿あがった中年を蔑むかのように一瞥して彼は不機嫌に顔を反らす。自分と似た男をすぐ横で見つけたのに自身愛想が尽きたのか、今日一日の疲れをもう予想してか、溜息を洩らした後、腕組みをして彼は再び瞼を閉じ眠ったふりをする。鈍行電車もガタッゴトッガタッゴトッ‥と相変わらず乾いた無機質な機械音を立てて街へ街へと駛(はし)っている。
(平凡が一番さ、平凡が‥)
米林はまた、お決まりのフレーズを自身に聞かせつつ、頭だけをコクリコクリと微妙に動かしていた。
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