眠らない男
眠らない男

発行者:てきーら
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ジャンル:その他

公開開始日:2011/01/04
最終更新日:2010/12/30 21:50

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眠らない男 第1章 ほくそ笑む男
いつもと変わらぬ朝。いつもと変わらぬ妻の私に対する配慮。
(平凡が一番さ、平凡が)
そう、米林はいつも自分に言い聞かせつつ、なだらかな郊外のニュータウンの丘をゆっくりと下ってゆく。昨日と同じく、雀が朝を迎えたことを告げるが如く至るところで囀り、黄色い鞄をややぎこちなさそうに背負った低学年の小学生達が幾人かで固まって喋りながら私とすれ違う。
(今日もこいつはちゃんと入ってるな)
毎朝孝子が作ってくれる愛妻弁当を、バッグの中に手を入れて確かめる。
(よしっ、今日も行こうか)
駅に近づくにつれ、米林の足取りは軽くなってゆくのであった。
都心へ向かうため、地味なスーツをきりっと纏った大勢のサラリーマン達。平日の朝の町田駅はいつも彼らなくしては有り得ない。 駅のホームではみな無表情で、どこか眼の前の空虚の一点を見つめているようである。米林も何を隠そう、実はそんな彼らの内の一人であった。
やがて上りの電車が、我々の身体を痺らすような鈍くて鋭い摩擦音を立ててホームに停まる。ドアが開くと同時に、見ず知らずの群集は、相変わらず無表情のまま次々と生温かい車内に乗り込んでゆく。
(やった、今日は座れるぞ)
米林は、朝の通勤ラッシュ時長椅子に腰掛けられる時は、コクリコクリ頭を少し横に傾けて眠ったふりをしている。鈍行電車ではゆっくりと落ち着いて行ける時も多いのである。
(君達は降りるまで立ちっぱなしか。まぁ、頑張れよ)
眼の前の吊り革に両手をぶら下げて突っ立っている、自分と同じく額に脂汗の滲んだ中年達に、米林は胸裏で意味のない皮肉のエールを送る。左右のドアの隅から隅まで中年親父達の醜い身体が不揃いに苦しく寄せ合っている姿は、こうやって端から見てるだけでも無様であった。
“う、…ううゥ”
車内のあちらこちらで微かに息が途切れる音が聞こえる。もう嫌というほど見慣れているが、何気なく彼等を見上げただけでも息苦しさはもちろん、一種の遣る瀬なささえ感じてしまう自分がいる。
中堅サラリーマン達の群れに紛れて、学生らしき男女も疎らに見かける。澄ましたポーカーフェイスで洋楽を大音量でシャカシャカと聴いている仕草を見ると、米林は無意識のうちに眼を細め、
(俺ん家の悟彦も、ああやって済まし顔で吊り革に立って窓越しに外を眺めているのかなぁ)
と息子の事がふいに脳裏に浮かびあがってくる。
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