ブロークン・スプリング
ブロークン・スプリング

発行者:てきーら
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ジャンル:恋愛

公開開始日:2010/12/23
最終更新日:2010/12/22 22:44

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ブロークン・スプリング 第1章 誘惑
もうあれから六、七年は経つのに、まるで手で取り戻せる昨日の出来事のように、あどけない表情のフィルムが由希の脳裏に焼き付いてきた。
(あそこで止めてさえいなければ‥)
と、同時にブラックコーヒーを恐る恐る興味半分で飲んで味わったような苦いもう一つの過去が由希の胸裏を締めつける。彼女の両眼は無意識のうちに泪でいっぱいになる。
大学に入り、由希は高校時代やっていたトランペットをやめてしまった。入学式の直後、校内の広場で勧誘されたせいもあって、演劇サークルに入った。新入生を迎える学生等の笑顔も満開の桜の樹とともに満ち溢れ、彼女は華やかな女子大生としてのデビューを飾ったつもりであった。しかし、甘く映えたその瞬間(トキ)の現実は、フォークを差したのち脆くもクリームにまみれ皿に落ちたショートケーキの苺のように、早くも崩れかけてゆくのであった。
「もっと滑舌よく発声しなきゃ駄目でしょ」
「台本の中のセリフちゃんと覚えてきたの?」
サークルとはいったものの、部活動のような手厳しい毎日が続くこととなった。演劇について、演技などとりわけ習った事のなかった由希は、あまり自信なさげな顔つきでいたためか、懸命に稽古に励もうとする先輩達の眼にいつの間にか纏わり付く存在となってしまったのであった。他に入った人でも全く一からのスタートというのも少なくなかったが、下積みでの演技の練習は、慣れていない彼女にとって有意義なものになるどころか、かえって不安とストレスが溜まってしまう事となった。
「最近、わたしトランポリンにハマっててぇ」 「ええ、理奈子マジでぇ」
「これが眠る前とか楽しいんだよ、けっこう。友美も一度やってみればぁ」
サークルが終わって同い年の友人達と帰りにファーストフードで会話をしていても、表面では皆に合わせて笑顔を交わし取り繕っていたが、内心はもう一人の辛い自分が泣いていたのであった。このままサークルを継続する気持ちにはなれず、後期が始まる十月前に辞める事を決意した。それからというものの、学校も日常生活も味気ない、生温いミルクティーのような気分が続いてしまう毎日となった。彼女は英米文学を専攻していたが、大学の形式的な遣る気なさげな講義に意欲が涌いてこなかった。たまに休日バイトを始めても長続きしない。
(もうやめたい…何もかも)
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