秋雨な午後
秋雨な午後

発行者:てきーら
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ジャンル:ノンフィクション

公開開始日:2010/12/17
最終更新日:2010/12/17 02:09

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秋雨な午後 第1章 とあるホームで
向かい側の駅のホームでは、高校生かわからないが若い男女らの話し声や笑い声が聞こえる。
昨日の晴れの日から一転、今日の午後は初秋を肌で感じることができる。秋の精がどこからかもう地上に舞い降りてきたような、そんな涼しさを感じる。いや、むしろ昨日のやや蒸し暑い日に比べれば寒いくらいに感じられた。
すぐ近くのホームの椅子では、ついさっきまで携帯電話をいじっていた女子高生が、ひっそりとふたを開けて、親が作ってくれたであろうお弁当を食べ始めていた。その隣には、中年の女性がうつむいて座っている。
やや離れた所では、ベージュのワイシャツとスラックス姿の背の高くやせて眼鏡を掛けた律儀そうな紳士が、物憂げに線路のほうを眺めている。
一人の男はやや重い手提げカバンをぶら下げ、未だしとしと降り続く雨の中を、ただ何も考えずひたすら待っていた。
弁当屋の建物も近くに見える。粗末な屋根は雨に濡れ人影は見えない。
階段からホームへ、一組の老夫婦が話しながら駆け降りてくる。手荷物をぶら下げたその姿は、どこか旅にでも行ってきたようであった。
乗り継ぎの電車はまだ来ない。だが雨は若干小降りになってきた。
先ほどの物憂い表情(かお)した眼鏡を掛けた長身の紳士風の男がこちらをいつのまにか見ている。何を考えているのか、寂しそうな面持ちは変わらない。
みな今か今かと、言葉には表さないが次の乗り継ぎの電車が来るのを静かに待ち構えている。
空は一面灰色に染まり、雨とともに時折吹いてくる風も今日はひんやりとしていて冷たい。駅のホームからは丘の杉林が見える。いつもなら若々しく見えるであろう木立も、今この時間だけは青春をはや通り過ぎた壮年のように落ち着いて見えた。目の前の大きな看板広告も叢の中に今はひっそりと佇んでいる。すべての風景も人の表情も、今は蕭条(しょうじょう)とした虚しさに包まれている。
“‥カンカンカンカン…”
近くの踏切の警笛が鳴り、ようやく乗り継ぎの電車がこちらに向かってくるのが見えた。
駅のホームにいる周囲の人達は、時が止まった世界から覚醒したように静かに、駅のホームに迫り来る電車へと眼を向けた。
一人の男も右手人差し指の付け根で眼鏡をずり上げ、その電車のほうを見た。
扉が開き、周囲の人達は雨を避けるように身を縮まらせて電車の中へと乗り込んでいった。
…たった二十数分間の出来事であった。
〈終〉
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