千姫の墓
第1章 江戸からの使者
しのさんは、気楽にそんなことをいうが、すずさんはいたって真剣だ。
「お友達同士でも、ずいぶん、受け取り方が違うものですね。でもどちらも間違っていませんよ。才と言うのは、大切に育てれば、自然に花を咲かせるものなんです。師になろうと、ならなかろうとね。ただ茶の湯を大切に思っていて下されば、それでいい」
わたしは、すずさんの目を見て、頷いた。
それで通じたとは、思わないが、少なくとも、茶の湯から全く離れて仕舞うことはないだろう。
「お師匠様、私にそんな大それたこと…」
「いえそれでいいんです。すずさんが茶の湯を好きでいて下さるのが分かったから。それに、当主を務めよというわけじゃありませんから、気楽に楽しんだらいいのです」
わたしとすずさんの話しを聞いていた弟子達は、平静を装っているが、かなり動揺したようだった。
皆、自分の店を持つ旦那や、医者といった、社会的には力を持った人達だったからだ。
人格も、知識も備わっている自分が負けるわけがない。
彼らはそう思っている。
確かに、この流派を継がせると言うなら、知識も人格も金も、なくてはならないと判断するだろう。
しかし、広く世の中に茶の湯を広めていく、そういった役割なら、すずさんを適任だと考える。
今わたしの考えは、大きな川の真ん中で、上流を目指す小魚のように危うかった。
しかし、まだ非力ゆえ成し遂げられると信じられた。
自分の小ささも、そして本当の才能も、まだ見えてはいなかったから。
3 長政と市
娘達は、これで幸せに暮らせるだろうか?
あの日から、そればかり考えてきた。
夫を亡くしてしまったあの日から。
小谷の城は、桜の青葉につつまれていた。
静かな春が続くのだと、私は信じて疑わなかった。
しかし、静けさを破るものが現れた。
兄の送った軍勢が攻め入って来たのだった。
長政は、引き下がりはしなかった。
山城であることを生かし、善戦した。
その内、敵の真意を知り、長政はは愕然とした。
敵から、一通の書状が届いたのだ。
長政は、私に見せてはくれなかった。
私はどうしても知りたくて、夫が息絶えてから、読んだのだった。
夫は、私がここにいるとは思わなかったのだろう。
書状は懐で冷たくなっていた。
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