そして僕はヒーローになった
第1章 前置き
グラスもフィリピン人の気持ちも、みんな散り散りに砕けて飛んだ。どこでだか判らないけど、僕は薬指を切った。
こんなときは、決まって失うものばかりだ。
喧嘩したところでなにひとつ止められるわけもなく、次の日、彼の荷物が放り出されるのをただ無能に見守るしかなかった。それから彼は何日か僕んちで過ごし、塩ビの忍者刀を手土産にフィリピンへ帰っていった。
ニイカウアイカイビイガンコ。
彼が教えてくれた唯一のフィリピン語だ。語意は確か「君と僕は友達」だったと思う。名前はすっかり忘れちゃったけど今でも友達だ。元気でいるかな。
もちろん、僕がバイトに戻れるはずはなかったから、当時は銀行振込なんてまどろこしくなくて、ピン札の入った封筒が手渡しだったバイト料も受け取れなくなってしまった。愉しい思い出だ。
とにかく、そんなこんなで思い立ったら止まらない僕の勢いに火がついて、なんの愉しみがあるのか自分でも判らないまま、独りぼっちのアパートで前夜祭よろしく「バナナはおやつに入るのかな」ってなくらいに盛り上がってたんだ。
いよいよだ。いよいよ明日、僕は走り始める。
タオルに着替え、薬に使い捨てカメラ。他にも細々と余計なものまでいろいろリュックに詰め込んで、さあ準備は万端整った。あとは明日を待つばかりだ。興奮冷めやらぬまま眠りに就くことにする。
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