あなたの仰せのとおりに…
第5章 忘れられなくて…
忘れたつもりだった。
だったのに電話がかかって来て、何か傷口が開いたような心の痛みを感じた。
……
あの電話番号を消したことが、そもそもの間違いだった。
携帯のアドレス帳に載っていない電話番号が表示されたので、生徒さんかも知れないと思い、受話ボタンを押してしまったのだ。
「もしもし?」
そう言うと「…よかった…」という、聞き覚えのある低い声がした。
「!!」
私は思わず携帯を耳から離したが「切らないで下さい!」という声に、再び携帯を耳に当ててしまった。
「…忘れられなくて…」
「…マリさんへの想いは断ち切れたって言ってたじゃない。」
私がそう言うと、
「マリじゃない!」
という動揺したような声が帰ってきた。
「忘れられないのは、由紀さんのことです。」
「私?」
今度は私が動揺した。
「あのね、秀介君。あなたは寂しいだけなの。別に私じゃなくてもいいはずよ。私を選ぶのは、一度知り合ったから、誘いやすいだけのことよ。」
「違います!本当に俺…」
「おばちゃんをからかわないの。それでなびくほど、こっちは馬鹿じゃないのよ!」
「からかっているわけじゃない!」
秀介君の声が震えている。
「本当に会いたいんです…。もう一度だけ会ってもらえませんか?」
そんな声出さないでよー…。おばちゃんの気持ちが揺らいじゃうじゃないの…。
「もう一度だけで終われるの?」
「……」
「どうなの?」
「…わかりません…」
「!…」
正直と言えば正直だけども…。君のためによくないから、こっちは心を鬼にして忘れようとしてるのに…そっちから、そんな風に言われると…仏が顔をだしちゃう…。
「わかった。とりあえず、次で終わりということにして会いましょう。」
「!!…ほんとに…?」
「またあのカラオケボックスに行くの?それともホテル行っちゃう?」
…今、すごい大胆なこと言いましたよ、私…。
「…ホテル…で…」
「待ち合わせは、前と同じでいい?」
「はい!」
結局そのまま、日時を約束してしまった。
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