宵の鳶、風聞きの紫、鎖八番組夜話
宵の鳶、風聞きの紫、鎖八番組夜話
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発行者:桜乃花
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ジャンル:恋愛

公開開始日:2010/11/06
最終更新日:2013/07/08 01:14

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宵の鳶、風聞きの紫、鎖八番組夜話 第1章 初宵 二つ目の力
「捨てるとは、忘れさる事。お前の親も、この寺の僧達も、お前の事を忘れた事などないぞ。お前はただ、親の顔をしらぬだけだ。これ以上、身の上に起きた不幸に振り回されてはならぬ。それでは、お前の持つ力を生かすことは出来ないぞ。どう生きようと、人生はお前のもの。親が欲しいなら、お前こそが、よき親になる道もある。親の一人として、お前がどんな答えを出すのか、楽しみにしているぞ」

私は答える事が出来ず、ただ住職の顔を睨みつけていた。

御仏の前だぞと住職様は言って、奥に引いてしまった。

私は、納得出来なかったが、紫の笑顔を思い出して、表情がかたくなるのを抑えた。

円生寺の僧達は、皆礼の言葉を言って、笑顔で送り出してくれた。

その言葉に嘘はなくても、自分がもうこの寺の者ではない事を、言い渡されたようで、私は寂しさを覚えた。

かぶった傘の縁から、雨の滴が絶え間なく落ちた。

梅雨から明ける前の、最後の雨か。

前の勤めのその後の話は、まだ聞いてはいなかった。

十番組が始末をつけると、静はそう言った。

弦太郎さんも、十番組のやることに手を出すなと言っていた。


一度長屋に戻り、それから元締めを訪ねよう。

私はそう決めて、住処を目指した。

円生寺から、小一時間。

神田の脇を流れる大川が見えて来ると、僅かに胸が騒いだ。

雨粒で波立つ川面に、魚の死骸が浮いている。

ある一画だけに、魚は浮いていた。

ちょうど、自分の住処の裏辺り、何かを疑われるに充分な怪しさだ。





朝から大雨だった。

若い二人は、連れ立って市中の見回りをしている最中だった。

雨の日は、人通りが少ないから争いもないし、足跡が残るから、賊も動かない。

ただ人目がないから、凶悪な事件は起きる可能性がある。

二人の町方は、まだ意気に溢れていて、どこかで袖の下を集めようなどとは、思わなかった。

「八つまでは、とにかく見回りだな。団子でも食ったら、番屋で報告書でも書いていよう」

「そうだな。今日は神さまも休みだし、相番も、上手くやってくれるだろうからな。雨の日は、当たりくじってものさ」

二人は、上野から歩き始め、神田で折り返す。

すると、時間どうりに一日がおわるのだ。

今日も無事に終わる筈だった。

大川を渡るまでは。

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