宵の鳶、風聞きの紫、鎖八番組夜話
第1章 初宵 二つ目の力
私は、月を見上げながら、しばらくは、何も考えられず、ぼうっとしていた。
体が冷えて、布団に入ったが、眠れやしない。
目をつぶると、少し情けない鳶の顔が、浮かんできた。
私は、大切な鳶との絆が途切れるような気がして、寂しかった。
いつの間にか、就いてしまった眠りの中で、また鳶の声が聞こえて来て……
私は、大変な事態に巻き込まれた。
「こら、起きんかい!夕べ大方の敵は静の手にかかった。しかし、油断はするなよ。まだ敵はいるはずだ…果たして夜明けを待つべきだろうか…考えどころじゃ…」
私の槍は、二本にわかれたまま部屋の隅に立てかけられていた。
弦太郎さんは、すで縁側でなにかしていた。
なんとなく、嫌な予感がする。
私は、すぐに、宿の庭に出た。
目が合うと、弦太郎さんは、勤めの時のような厳しい顔を向けた。
死体は無いが、辺りに血の跡がある。
油断して眠っている間に、とんでもないことが起きていた。
私の背中を冷や汗が伝った。
「鳶。茶でも飲め。なんという顔じゃ。初めから、弦太郎は力仕事、お前は生き残る事が仕事。それが、それぞれの役割だ。しかし静にしてこの有様とは、油断ならないぞ、二人とも。鎖片平を着た方がよい!」
「あんなもの着ていたら、逃げ足が遅くなる。私は遠慮しておきますよ。死ぬときは、死ぬんだから要に着せてやって下さい」
「弦、油断ならん相手だぞ。静がいるが…」
「油断などしていませんよ。ただ、動きにくくて嫌いなんです。それに、静を信じていますから」
「無理にとは言わない。鳶。お前はこれを着ろ。少し重いが、修行だと思ってな」
私は、もう一度着物を全部脱ぎ、鎖片平を着た。
弦太郎さんが言うように、たしかに重く、動きくい。
しかし、網目が細かく、短刀の刃も通しそうもなかった。
私は、開け始めた空を見ながら、早く紫に会いたいと思った。
「墓を改めにいくぞ。そのまま、一気に神田をめざす」
私達は、亀さんの後に続いた。
墓は、綺麗に埋まっていたが、まっすぐ立てたはずの墓標が曲がっていた。私達は、さっさとそれをなおし、花を供えて、神田を目指した。
歩き出した時から、私の心臓は、激しく打った。
墓にいたときから、嫌な気配を感じていたからだ。
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