羊
第3章 失意の中で
更に、その十日後、本社が栃木県にあり、社長の来阪にあわせるため一番最後になっていた、メーカーの現業部門にブラジル人を派遣する派遣会社の面接を受けに行くためマンションのエレベーターを降り、いつもは滅多に開けない、エントランスホールにある郵便受けを何気なく開けると、大きな封筒が二つ入っていた。
駅に向かって歩きながら封を開けると、それぞれの封筒から、履歴書と職務経歴書が出てきた。
それらと全く同じ内容が書かれた真新しい履歴書と職務経歴書の入った鞄に放り込むと、赤信号の横断歩道を煙草に火を着けながら渡った。
「お待たせしました」
ここ何年すっかり珍しくなった、若い女性社員に入れてもらった熱い緑茶を飲んでいると、五十歳くらいの恰幅の良い男性が、間仕切りで仕切っただけの応接室に入ってきた。
名刺に書かれてある“取締役社長”という文字に背筋が伸びる。
「もったいないねえ」
社長の第一声だった。
「滋賀県にも工場ありますよね」
「はい」
辞めた会社の話だった。
「今はないですけど、昔は結構な人数を入れさせてもらってたんですよ」
「そうなんですか」
「今でも結構入ってますよね?」
「ええ。
私もずっと営業やってたんですけど、納期トラブルとかでたまに現場へ行ったら、日本人の作業員探すのによう苦労しましたから」
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