桜花飛翔
第1章 芽生える桜―wakes up―
「大丈夫か? 乱暴にやって悪かった」
榊のひんやりとした手が額に当てられる。無意識に体が跳ね上がり、恥ずかしくなって俯く。
大丈夫と言いたいが声が出せない。夜の風が火照った体を冷ましていく。榊の冷めた手を両手で握り締める。
頭が冷めたのか、ようやく疑問が浮かんだ。何故榊が出歩いていたのか。何故自分を抱いたのか。抱いたと言うのはちょっと違うだろうが、危うく処女を奪われそうになったのだ。伊那にしたら同じような物である。それらを全部ひっくるめて榊を知りたくなった。
聞いてみようと顔を上げた瞬間。あの嫌な胸騒ぎがまた起こった。それは榊も同じらしく、立ち上がると伊那の腕を掴み引っ張り上げる。
同時に壁が出来たかのように風が吹かなくなった。
「大丈夫だ。あれはここに入れない」
入れない、とはどういう意味なのか考える余裕など伊那には無い。体が震え立っているのが精一杯だ。頭に何かが浮かんだが、深く考える余裕も無い。
嫌、余裕が無いのでは無い。深く考えるのを拒否しているのだ。思い出すな、と。心の奥底で、強く、せき止める。
不安が押し寄せ榊を見上げる。榊の表情は見えないが顔の向きがピクリとも動かない。その先を見るが、伊那には空気が揺れている光景しか見えない。先程のようなひびはまだ入っていない。だが、時間の問題なのは伊那でも分かってしまった。
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