訪問者 ―visitor―
第5章 last competition
沙綾が自身の両肩を抱いて呟いている。動揺しているのだろう。その姿が妙に人間らしく思える健吾だった。これまではどこか超然とした態度で、自分を観察している事が伝わって来ていたのだが、今日の沙綾は自分と同じステージにいるようだった。そして――この分ならきっと言える。今日は自分が悪かったと。自分の未熟さを認める事ができると、素直に思えた。
「まぁそのうち分かるんじゃねぇの? もっと地球に馴染めば」
「そうね……もっと馴染めればきっと」
沙綾が肩を抱いていた両手を下ろし、腰の後ろで組んだ。そして夜空を見上げながら言った。
「いつまで居られるか分からないけど、もっと理解したいわね。この星の事を。貴方達の事を」
そう言われて健吾は改めて気付いた。彼女がいつか――そう遠くない未来に――居なくなってしまう事を。残された時間は、決して多くはないのだ。
「ああ……ヌアサ。その……」
「? どうしたの、そんな顔をして」
まだ口ごもってしまう健吾だった。ただ謝るだけなのに、面と向かってしまうとどうしてこんなに言いだし難いのだろう。だがここで言えなければいつ言えるか分からないのだ。手遅れになる前に――
「その……ああ、今日はすまなかった」
「なにが?」
真顔で聞かれてしまった。拍子抜けと言うか空回りと言うか、健吾の中から意気込みと決意が抜けていく。それも急速に。そして謝る理由を説明しなければならないという、実にばつが悪い事態に陥った事に気付いた。
「なにがって……ほら、通路で俺が怒鳴っちまったじゃねぇかよ。忘れたのか?」
「ああ、あれが『怒る』という現象なのよね。ありがとう、良く解ったわ」
まさか怒って感謝されようとは。健吾は自分がひどく空回りしているような気がしてきた。相手にされていない訳ではない。沙綾は本当に言葉通りに思っているのだった。
「ああ……そうか、そりゃ良かった。つーか、今まで誰も怒ったりしなかったのか?」
「そうね……記憶に無いわね。もしかしたら皆、私に気をつかってくれていたのかもね」
そうかも知れないなと健吾は思う。今までに調査で訪れた所でも、こうして事前に容姿を変えていたのであろう事は容易に想像できる。当然その姿はメディア等に登場するモデルやタレントを参考にしていようから、相当な美女だっただろう。
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