訪問者 ―visitor―
第5章 last competition
振り向かずに歩いて行くくるみに、そっと視線を送りながら健吾は呟いた。
「……こんなんじゃ、まるっきりダメな男じゃねぇかよ」
確かに善戦はした。だがそれだけだった。全力を尽くしたが結果は出せず、彼女にまで気を遣わせてしまっている。情けない男だ自分は――そんな気分になっていた時、新たな声が健吾を振り向かせた。
「残念だったわね」
沙綾だった。だがいつの間に来たのか。健吾は全く気付かなかった。
「そうだな」
突然の事に驚いたせいか、くるみに反したのと同じ言葉が、やや固く響いた。
「もう一つ勝てば、決勝だったのにね」
「ああ、そうだな」
――異星人に何が分かる
「全力が出せなかった?」
「いいや、タイムは自己ベストだった」
――開会前にあんな騒ぎになって全力が出せるはずが無い
「私が来たせい?」
「いいや。スタートラインに立っちまえば、どんな事も頭から消える」
――そうだ、お前のせいだ
「私は来なければ良かった?」
「そんな事は無ぇよ」
――お前さえ来なければ
「悔いは無い?」
「もういい!」
壁を殴る音が通路に響いた。荒い呼吸音。そして、少しの時間が流れた。
「――悪い、少し一人にしてくれ」
「分かったわ、ご免なさい」
少し俯き加減に沙綾が言う。
「ただ……知りたかったの、どうしても」
知りたかった? 何を? 地球人の感情の事なのか、それとも競技自体の事なのか。健吾には判断がつかなかった。そして沙綾は振り向きながら、そっと伝えた。
「許してくれるならいつでもいい、あの場所へ来て」
「……分かった」
健吾は歩いて行く沙綾の方を見る事が出来なかった。
「……最低だ、俺は」
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