メトセラの仲間たち - 新進画家に復讐してください -
第5章 風景画家サマンドとその妹デュマ
「え? アルファロったら、まだおいしいって言わないの!?」
せっかくの週末に、朝から依頼人が押しかけてきたせいで、家にいるのが嫌になったセリエルは、カフェ〈メトセラ〉に逃げ込んだ。
「マイラから教えてもらって作ったチェリーケーキなのに、食べるだけ」
出された分は、ぺロッと平らげるので、残さないだけ、マシなのかな…と、伏し目がちになるセリエルに、マイラは、ふーむ、とアゴに手をやり、考える仕種をした。
「いくら妹とはいえ…、あんまりな仕打ち…」
ここで作ったケーキを持ち帰っている訳ではなく、ちゃんと、セリエル自身が、家で手作りしているのだから、一言褒めてやっても良いのに。
「アルファロには、手作りだって、言った!?」
「一応…」
家に居ても、楽しみがない。それでも、仕事はやらされる。ブーブー言いながらも、21時にコーヒーを入れているうちに、マイラのケーキを自分でも作って出してみたくなった。確かに、少々失敗した感じがなかった訳でもないのだけれど…。味はマズくはなかったはず。だって、学校だって通い始めたの、数日前だし、それまで家にいる間、ずっと焼く練習したんだもの。なんでか、記憶喪失なことを苦に萎んでいるよりは、動きたくてしょうがなかった。末裔とはいえ、貴族のお屋敷なんかに、転がりこんだせいだろうか。毎日が、身の回りが妙に輝いて…。例の、地下にまつわること以外は。あ、あと、アルファロにコキ使われること以外は。
その時、店のドアベルがカランカランと鳴った。
「あら、いらっしゃい」
顔を上げて、マイラが笑顔でそう言うと、靴についた積雪を軽く落として、スラッと背の高い女性が店内に入ってきた。
「こんにちは。ちょうど近くを通ったから、寄っちゃった」
彼女がカウンターへと来ると、柑橘系の香りが周囲に広がって、一気に華やいだ。
「安かったから、おすそ分けしようと思って」
そう言って、マイラにオレンジの入った紙袋を1袋手渡すと、セリエルの隣の席に腰を下ろした。
「あら、あなた、可愛いわね。私はサマンドよ。宜しくね」
そう言って、差し出された手を、セリエルは握り返す。
「こんにちは。私、セリエルです」
綺麗な人…。
肩まで伸ばした、緩くウェーブのかかったブロンドの髪が、とても艶やかで、良い匂いのする、大人の女性だった。
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