大根と王妃シリーズ 番外編 『神和ぎの巫女と神堕としの少女』
第5章 土砂崩れと歌
荒れ狂っていた川が次第に静まり始める。
流石は蓮璋である。
やはり、凪国きっての術師という所か。
また雨脚も弱まりだし、ようやく水害の危機は去った。
「けれど、土砂崩れまではどうしようもありませんわね~」
のんびりとした口調で明燐が呟ければ、萩波もにっこりと笑って頷いた。
「土砂崩れ……」
あれだけの大雨が降り注いだのだ。
いくら木々が豊富で貯水能力があろうとも、許容範囲はもはやギリギリだろう。
だが、とりあえず今は山を下ってしまわなければならない。
既に他の車は今のうちにと橋を渡り始めている。
「さて、行きますよ」
戻ってきた蓮璋が後部座席に乗り込むと、いつの間にか運転席に移動していた萩波がハンドルを握る。
そのままアクセルを踏み、車を発進させた。
だが、前の車が慎重に橋を渡っているせいか、すぐにブレーキを踏み車を止める。
「とっとと渡って下さらないかしら」
「明燐さん……」
女神のような(実際女神)微笑みを浮かべながら毒をはく明燐に蒼麗の頬が引きつった。
「まあ、気長に行きますか」
明燐とは裏腹に、こんな状況すらも楽しんでいるかのような萩波がギアをパーキングに入れてのんびりと待つ。
が、突如後ろに座っていた蓮璋が萩波の耳元に何かを囁いた。
「――わかりました」
「萩波先生?」
笑みを消し、手早くギアを操作する萩波に蒼麗が首をかしげる。
と、手がギュっと握りしめられた。
「え?果竪さん?」
「歌」
「え?」
歌が聞こえる
果竪がそう呟いた瞬間、もの凄い遠心力が蒼麗の体にかかった。
果竪が悲鳴をあげ、蒼麗の腕の中に倒れ込み、更に蒼麗の体が蓮璋に抱き留められた。
車が急発進したのだと分かったのは、既に橋の向こうに滑るように走り抜けた後だった。
「な、何?!」
スピンするように車が今駆け抜けてきた橋に向いて止まり、蒼麗はひっくり返ったままの状態で呟いた。
それから数拍もおかないうちにそれは起きた。
空気ごと揺れるような地響きが辺りに木霊し、地面が揺れたかと思った次の瞬間、先ほどまで自分達の車が居た場所を見て蒼麗は唖然とした。
「ど、土砂崩れ……」
いや、土砂崩れだなんてかわいいものではない。
あれは山崩れだ。
先ほどまで居た場所は完全にそっくりそのまま無くなり、今さっき渡ってきた橋もその土砂で流されて姿を消した。
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