唄う鳥・嘆く竜(前編)
第9章 【 旅立ちの日 】 籠の鳥 ~ ライムント ~その1
よく考えてみると、こんな高級な宿に押し入ってくるのだ。魔法で施錠されたドアも易々と破ったことと言い、それは強く大きな組織があるか、または強い力を持った魔法使いが仲間であるという事を示している。
何よりデーゲンハルトが仕事に関して詳しい事は何も言わなかった。それは喋ってしまえば、クラウスに危害が及ぶ可能性のあるような事柄だったからとも想像できた。
「俺は平和的に話しをしたいだけなんだ。邪魔するなよ」
抵抗したら何をするか判らないと、クラウスは恐怖に竦み上がった。
何も知らなければ、少々荒っぽい事をされても開放してくれる可能性は大だ。何と言ってもデーゲンハルトはもう旅立ってしまったから。
この場所に戻ってくるのであれば、人質として拘束される可能性もあるが、いつ戻ってくるとも知れないとなると、クラウスの利用価値は少なくなる。
…万が一のことを考えて、今は体力を温存するのが先決だ。おれもダメだな。何となく嫌な感じがしてたってのに。こういう嫌な勘は当たるって嫌ってほど経験したのに。
クラウスは自分が感じた虫の知らせを無視した事を後悔しつつ、体から力を抜いた。
今は大人しくして解放されるか、逃げ出す隙をうかがおう。そう思い男に従う。
男は手を捻り上げたままのクラウスをベッドのある部屋まで引きずりこんだ。
もぬけの殻のベッドを見て、男は立ち止まった。
憤りと怒りの表情でクラウスを睨む。
クラウスは何も言っていないし、男に従っただけだ。
そんな感情を向けられるいわれは無かったが、そもそも今受けている扱い事態が不条理だ。
このままどんな事になるのか判らないが、いい方向に向かわない事だけは確かだ。
クラウスは死刑執行人から刑を宣告される咎人のような気持ちで、全てを委ね諦めた気持ちで、男の様子を見ていた。
「ひと足遅かったか。糞っ!ヤツにまた出し抜かれた」
そう言うと、男は忌々しそうに舌打ちする。
「こっちは仕事に追われて遊ぶことも出来ないってのにな」
男はシーツを巻いたクラウスの姿をなめまわすように観察すると、口の端を歪めた。
「ヤツは一晩いい思いか」
男はクラウスをベッドにうつぶせに突き倒すと、圧し掛かってきた。
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