唄う鳥・嘆く竜(前編)
第6章 【 収穫祭 】 夜に啼く鳥 ~ デーゲンハルト ~ その2
…父さんと旅していた時には、時々こんな気持ちになったっけ。
憶えた唄を忘れないように、久しく唄わなかったを唄うように言われることは度々あった。
クラウスが忘れていたら。困ったような苦笑をして静かに根気よく教え直してくれた。
懐かしい父親の姿が脳裏に蘇ってきた。
あの頃は世の中のことを何も知らない子供だった。今は…今の自分を見たら父はどう思うだろう。あまり褒められた行状ではない事は判っている。そう思ってクラウスは自嘲気味に笑った。
でも父は今際の際に望んだ事は少ない。「思うままに生きてくれ」と、それだけを願ってくれた。
自分自身が安心して生活できる事が一番だ。
そう思うと、今の道も悪い選択ではない。
ちょっと困った顔するかも知れないけど、「まぁ。仕方ないか」と受け入れてくれそうな気もする。 そんな大らかな部分も持っていた人だった。
父を思いながら、同じような年齢のデーゲンハルトを眺めると、彼は考え込むように俯いていた。
少しして閃いたような明るい表情で顔を上げる。
「では、『嘆きの竜』を…希望を言ってよければ、さっき最後の唄から聴きたいですが…」
…良かった。得意中の得意な曲。
「ええ。もちろん構いませんよ」
クラウスは心からの満面の笑みでデーゲンハルトの言葉に答えた。
得意な曲を唄うと、いつもの調子が戻ってくる。
デーゲンハルトはクラウスが唄っている間、愉しそうにそれを聴いていた。
クラウスが唄っている間に、デーゲンハルトは部屋の棚の中から足付きの酒杯と酒瓶を取り出した。
クラウスと自分ように注ぎ、干した果物や木の実の入った器をテーブルの上に出した。
曲が終ると酒と器の中のつまみを勧める。
クラウスが酒杯を持ち上げると、酒場でやった時と同じように古風な作法で乾杯をした。
「素晴らしい。心に染みる歌声です」
「お褒めいただきありがとうございます」
素直に心から出た言葉と判る褒め言葉。
クラウスは形式的に応じながら、とても嬉しく感じた。
自分の唄を客に喜んでもらうのが吟遊詩人にとって一番の喜びだ。
この仕事をしていて良かったと純粋に思った。
「唄の内容はさっき話をした通り、一番よく聞く唄とは違いますね」
「そう…みたいですね」
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