唄う鳥・嘆く竜(前編)
第2章 【 収穫祭 】酒場にて ~ ウォルフ ~ その1
そう言えばさっきから少し沈んだ表情をしたままだ。
何となく思いつめたような空気を漂わせている。
「彼女は昨日、神殿の任期が終了して久しぶりに娑婆に帰ってきたらしい……それに俺の屋敷のある土地の事を詳しく知っていた」
神殿は神聖なる場所で一般市民が入れる場所ではない。一般人が入れるのは、神殿の前の門までだ。
中に入って仕事をするという事は家柄がそうとう良いという証でもある。
そしてウォルフの実家も、彼の話の通りだとするとそこそこ歴史のある名家だ。
そこまで聞いてこれは…と、クラウスでも思い当たった。
「婚約者なのか」
「さぁ。そろそろそんな話が出てもおかしくないとは思っていたが。まさかこんな方法に出るとは思わなかったから正直困惑している」
「日頃の行いだろう。既成事実を作って、身を固めさせるつもりじゃないのか」
「だったらいいんだが。多分違うだろう。本来ならば形式を重んじる堅い家柄でね。こんな方法に出るって事は、既成事実じゃなくて、実そのものが欲しいってところかも知れない」
「…えっ…?」
「もしかしたら、俺が帰って来ない可能性を考えた、家の苦肉の策とも考えられる」
「…お前…もしかして、戦地に……」
彼は騎士だが、今は内陸の護衛が主な仕事と言っていた。
だが、場合によっては戦地に赴く可能性もある。
国境沿いではいつも他国と小競り合いを繰り返していたし、クラウス自身旅の途中に立ち寄った土地で、きな臭い話を聞いている。あちらこちらで。去年より治安が悪くなっているのも肌で感じていた。
戦場から遠い場所ですらそうなのだから、現地はかなり厳しい戦況なのかも知れない。
クラウスは一気に不安になってきた。
命の危険がある場所にウォルフが行く。
彼の体格だと簡単にはやられないとは思うが、傷ひとつ負わない保障はない。
大怪我をする可能性もある。
どんどん悪い方に考えが転がっていく。
暗い想像にクラウスは青ざめた。
ウォルフはそんなクラウスを見てふっと笑った。「そうじゃないよ」と軽く言う。
「祭りが終ったら新しいに任務に就くことになったんだ。『嘆きの竜』がらみのな」
想像しなかった思いがけない言葉にクラウスは驚いた。
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