唄う鳥・嘆く竜(前編)
第6章 【 収穫祭 】 夜に啼く鳥 ~ デーゲンハルト ~ その2
去年はこの三軒隣の宿屋で何日が宿泊した。
この辺りの宿屋は、遠くの街や友好関係のある国から来た人々の観光の拠点として使われる高級な宿泊所だ。
去年、遠くの国からやってきた豪商の夫婦に気に入られ楽しい夜を過ごした。
彼らは観光だけではなく商談に来た商人だった。
だから、夜を一緒に過ごすのは三人とは限らず、図らずも彼らの仕事の手伝いをさせられる事になった。だが、特に乱暴な事をされるわけではなく、それなりにクラウスは楽しんでいた。
また彼らと過ごした日々は美味しい食事を堪能できたし、別れ際には高価な服や装飾品を贈与された。
自分の受けた事を考えると、充分以上の報酬だった。
そうクラウスは思っている。
祭りの終わりには、お互い名残惜しい気持ちになっていた。
でも、彼らの住む場所は遠すぎた。
ついて行きたいとクラウスは言えなかったし、彼らも一緒に来るかと問わなかった。
祭りの最終日には独りになったが、食事に立ち寄ったあの酒場で同じく独りのウォルフと再会し会話を楽しみ、次の祭りへと希望をつないだのだった。
去年の祭りは定住を望むクラウスにとって残念な結果になったとは言え、楽しくかった。
今回はどうなるんだろう。クラウスは心の中で自問する。
今年は初日からいつもと違う。変化を感じる。
ウォルフだけではなく、自分自身の生活も何かが変っていくのではないか。
…もしかしたら、何もかもが…
ざわつく胸の中、形にならない感覚が渦巻いていた。
デーゲンハルトはひとつの部屋の前に立ち止まると、何かを呟き鍵を鍵穴に差し込んだ。
ドアを開け部屋いに入る。
呟かれた言葉は古い単語の組み合わせでクラウスも聞いたことのある言葉だった。
花な植物の単語と呪文の組み合わせ。
守護魔法の呪文で二重にロックしているドアだったようだ。
幾つかの組み合わせで部屋ごとの呪文を変えているのだろう。
守りを強くするための基本的な言葉の魔術だが、実際に使われているのを見るのははじめてだった。
…高位の魔術師などには通用しない方法だが、知識のない泥棒よけには充分だ。
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