守部の揺籃歌
第1章 序、魔女と使い魔
「暇だわ」
屋根の上で星を眺めながら、ヤレーゼは呟いた。
長いふわふわの巻き髪は耳元で二つに結ってあった。髪の毛は珊瑚色だ。同じ色の瞳は稀に見られる紅水晶の結晶のように透明だった。
手には温かい牛乳の入ったマグカップを持っている。
ヤレーゼはこの森に住む魔女だ。「高額な商品と引き替えに願いを叶える」と看板を掲げていたが、貢ぎ物や参拝客に溢れていたのは、もうずっと昔のことだった。
「平和な証。良いことじゃないですか」
ヤレーゼの隣から声が上がった。ヒトではない。黒猫が気だるそうに頭を掻いている。
「クロイ。それじゃあ困るのよ。今月も『赤字』なんだから」
クロイと呼ばれた黒猫は呆れたように尻尾をぱたりと振った。
「どこの世に戦乱を望む人がいるんですか」
「ここにいるわ」
クロイはため息を付いた。
「だいたいそれはヤレーゼ様が食べるからでしょう? 全く、どんな胃袋してるんですか」
クロイはヤレーゼの使い魔だ。主に対してこの物言い。恐ろしく神経の図太い持ち主である。
「仕方ないじゃない。お腹が減るんだもの」
ヤレーゼは食べるのが好きだ。そりゃもう四六時中と言っていいほど、常に何かを口にしている。ヤレーゼのローブのポケットにはキャンディが常備されていた。
「甘いもの食べ過ぎると、虫歯になりますよ」
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