STIGMA Side-Kurosaki Vol.1
第4章 3
幸一は泣くこともせすただぼうっとしばらくは立ちつくし、死んだ母親の横で眠った。目が覚めたら布団が汚れて異臭も強く、もう母親に近寄れなかった。外に出て行く当てもなくふらふらと歩き、空腹と疲労の中いい匂いのするパン屋に引きこまれるように一人で入った。そしてそこで彼は動けなくなった。
幸一は病院に連れて行かれ、そのあと親戚に引き取られた。一度も会ったことない人たちだった。
当時五歳の幸一は、最初死んだ母親よりちょっと歳上くらいの夫婦のところ、それから年配の夫婦のところ、三つ目は母親と同じくらいの歳に見える夫婦のところに、行くことになった。どこでも彼は歓迎されなかった。おそらくそれぞれ二ヶ月もいなかったという。
幸一は、突然五歳の歓迎しない子を養育するはめになった親族たちの空気を、敏感に感じ取っていた。自らをとりまく、彼自身には決して責任のない忌まわしい空気も。
彼の母の死。それはもともと暴力的な男との関係の悪化によるのか、今の幸一には決してわからないであろう、SM的遊戯のエスカレートの果てなのか、私にも判断できない。だが気の毒ながら、赤ん坊ならまだしも、そんな来歴を持った五歳の少年をいきなり引き取るはめになっても、相当困惑するのが普通だろうとは思う。
最初の二つの家では、「食事もくれて、お布団もあった」などと言う。幼稚園には行けなかったけれど、男の暴力に怯える、貧しい母との暮らしより、いいかもしれないと思うこともあったと。
しかしやはり金銭的な事情やらで、どこにも長くはいられなかった。三つ目の家はひどく、食事は一日一回もらえればいい方、布団も着替えも与えられず、風呂にも入れなかった。廊下の、階段の下の、なるべく寒くないところで雑魚寝していた。だが冬になり寒さと空腹にたえられなくなった彼は、また外をふらつき、スーパーの総菜コーナーの前で立っているところを保護された。たぶん自分は、ぼろぼろの服を着て、においもひどくて乞食のようだったのだろうと彼は言う。私は想像を超えた痛ましさに言葉を失った。それでも私のこれからの計画の、方向性そのものを変える気はなかったが。
30
NIGHT
LOUNGE5060