STIGMA Side-Kurosaki Vol.1
第3章 2
チャイムが鳴ったのは午前十時過ぎ。幸一だ! 私はドアスコープをのぞき、わざわざズボンのボタンをはずして、着衣を少し乱す。もちろんいきなり襲いかかろうなどという算段ではない。
二度目のチャイムをやり過ごした。視界の悪いスコープごしにも、幸一がわかりやすい仕草と表情でひどく落胆しているのが窺えた。あきらめきれない様子で、少しだけその場に立っていた幸一が姿勢を変えたタイミングで、私はドアを開けた。私と幸一の目が合った時、ぱっとわかりやすいよろこびの表情が彼の顔に拡がった。本来、こんな子供らしい、いやむしろ年齢よりも幼いほどの人懐っこさと甘えん坊の顔を、彼は持っている。しかしそれをたぶん彼を取り巻く大人の誰もが知らない。とくにあの愚かしそうな両親は。
「ごめんごめん。ちょうどトイレだったんだよ。さあ入りなさい」
私の猿芝居は、幸一をじらすためと、もう一つは大慌てで彼を迎えるアクションが伝えてくれるであろう彼への親愛を目一杯伝えるためのものだ。
ズボンを直す私に、幸一はぼそぼそ声で謝ったが、昨日ほどおどおどしてはいない。私に手を引かれて、引っぱられるようではなく自分の意思で、彼はリビングに入った。
17
NIGHT
LOUNGE5060