【moral】 /BL
第5章 崩壊。
姉と、稔が姉に引き摺られるようにして部屋から出て行った。僕は胎児のように体を抱き、床に丸まったまま扉の閉じる音を聞いた。皓々と一人ぼっちの僕を照らす天井の明かり。なのに、僕の世界は真っ暗だった。僕の世界から稔が消えた。僕の世界を彩る光が、消えた。絶望。稔の代わりなんかいない。いらない。ずっと一人でいたのに、一人でいるのが怖い。空気にさえ押し潰されてしまいそうな圧迫感。瞳を閉じても、開いても、映るのは小さな笑窪を頬に、はにかんだように笑う稔の顔。もう、稔はここには来ない。一人きりの部屋の中、嗚咽が響いた。
どれくらい、そうしていたのか。涙も干上がり、僕自身、からからになってしまった。僕を潤すものはもうなにもない。ゆっくりと起き上がり乱れたままの服を整えた。小銭を握り締め、スニーカーを突っ掛け、僕は何を考えるでもなく、駅へ向かった。
電車に揺られ、流れていく景色を見送る。僕の眼には煌びやかなネオンも白黒に映った。
稔と何度か歩いた道。並んで眺めた海。月明かりに闇色に浮かび上がる。寄せては返す波の音、生に満ち溢れている音が、今はこんなに虚しく聞こえる。ゆっくりと坂道を登り始めた。
松の防風林を月明かりを頼りに抜ける。坂道を上りきると岸壁に叩きつけられた波が大きな音を立て弾けるのが足下から聞こえて来た。
稔の好きな海を、僕は穢そうとしているのかも知れない。でも、稔は海に来る。ぼんやりと海を眺めて、僕のことを思い出すこともあるかもしれない。僕の汚いエゴだ。せめて稔にだけは頭の隅の方でいいから、僕を覚えていて欲しい。なぁ、稔?伝えることはできなかったけど、僕は、お前を、愛してた。スニーカーを脱ぎ捨て、力ない指先で土の上に文字を書いた。
月が誘うように暗闇に煌き、僕は空に手を伸ばした。月に映った明るい笑顔。手を伸ばせば届きそうで、僕のものにできそうで。そして僕は、宙を舞った。
意識が途切れる寸前、冷たい水が僕を包み、見上げる水面に月が揺れた。……稔……ごめん、な……。
もう稔には会えない。会わない方がいい。だけど、僕が生きていたらそれは無理だから。
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