コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~
第8章 雄々しき貴婦人
『寛大なる王陛下に謹んで申し上げます。
王陛下の御意図の中には、他でもなく、インカ族の者たちの妥当な扱いと保護の問題があるかと存じます。
ミタ(強制労働)に関して申しますならば、鉱山の採掘、貴金属の抽出にも増して重要なことは、王陛下の御慈悲が行われることであります。
わたしが申すまでもなく、もしインカ族の者が死に絶えてしまった暁には、もはや鉱山で働き、貴金属を抽出する者もなくなってしまいましょう。
そうなってしまえば、幾ばくかの貴金属の生産すら、もはやかなわぬこととなりましょう。
王陛下、あなた様はインカ族の民の窮状をご存知でしょうか。
鉱山での強制労働を言い渡されたインカ族の者たちは、二度と故郷へ戻らぬために、つまり、死ぬために、故郷の家を売り、家財を売って旅立っていくのであります。
インカ族の者たちは、故郷への思いも、これまで大切にしてきた家財その他への愛着も、可愛がってきた家畜たちへの情も、全てを犠牲にして、強制労働を言い渡された鉱山へと向かうため、その僅かな旅費を捻出するために、それらを売り払い、旅立っていくのであります。
妻と共に、息子と共に、あるいはただ一人、インカ族の民は故郷を捨てて強制労働へと旅立って参ります。
そして、コルディエラ山脈の谷と高原の難路2百里の道を歩みはじめるのです。
鉱山へと向かう道中が過酷であるとすれば、強制労働の期間を終えた帰路の道は、疲労と貧困のために、さらに難儀であります。
もっとも、普通は、帰路につける前に、二度と帰れぬ死路に旅立っておりますので、帰路に苦しむこともないわけですが。
それほどの状況が、永きに渡り続いているのであります。
王陛下、このような状況がこれ以上続いてはなりますまい。
何卒、その高貴な御配慮と御慈悲の下さらんことを、伏してお願い申し上げます』
この書面では、当初からトゥパク・アマル自身が最も心を痛めてきたことの一つ、あの鉱山でのミタの改善が中心的に訴えられている。
全てのことを一度に訴えることは、もはや望めなかったのだ。
せめて、最悪の部分から改善を求めていくしかなかった。
この嘆願書に対する副王の出方によって、最終手段に打って出る!
――トゥパク・アマルは決意を秘めた眼差しで、机上の不安定な蝋燭の光を見つめた。
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