コンドルの系譜 ~インカの魂の物語~
第1章 プロローグ
アリアガは拳を机上に荒々しく叩きつけ、ピクピクと顔面の脂肪を引きつらせた。
それは、自分の悪行を明るみに出される不安と共に、この一介のインディオごときにそこまで言われたことへの非常な屈辱感からであった。
アリアガは憎悪の目で、トゥパク・アマルに喰ってかかった。
「たかがカシーケの分際で――!!」
他方、トゥパク・アマルは、スッと、椅子から立ち上がる。
そして、その長身を翻すと、さっさと出口に向かって歩きはじめた。
「もし、あなたがこのようなことを今後もお続けになるのならば、わたしはそうするしかありますまい」
「待て…!!」
だが、トゥパク・アマルは振り向きもせず、そのまま部屋を出て行った。
去り行くトゥパク・アマルの後ろ姿を睨(ね)めつけながら、アリアガは、チッと、床に唾を吐いた。
そして、グイッと、手の平で額の汗をぬぐう。
しかし、手の中にもグッショリとした汗が溜まっており、彼の額はかえって汚れた汗で照り返った。
「なんという、生意気な奴だ……!!」
アリアガは部屋のドアを乱暴に閉め、吐き捨てるように言い放つ。
しかも、いまいましいことに、自分の足が震えている。
耐え難い屈辱と、怒りと、そして、恐怖からだったろうか。
彼は、苛立たしげに召使いを呼びつけると、急いで厳重に館の門の錠を下ろさせた。
「わしを脅したつもりだろうが、上の者に訴えるだと?
フンッ、まさか…」
引きつった顔のまま、蔑むように不気味に笑う。
「インディオの分際で、そんな大それたことなど、できるわけのないことだ」
そう自らをなだめるように言い聞かせた。
(くだらん脅しにいちいち乗せられていては、代官稼業など務まらんからな)
アリアガは乾いた嘲笑を浮かべながら、顔の脂肪を醜く歪めた。
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